2016年8月1日 月曜日 - 雑事雑談    No Comments

頑張らない愚かさ

いつのことからか判然としないが、「頑張らない」とか「無理をしない」とかをさも良いことのように広めた医者がいて、当初は病人や老人に向けたことのようだったが、それを子供におもねる大人や、生徒におもねる教師や、子供におもねる親が使うようになった。ゆとり世代という若者にそういう考えが良いのだと思っている者がいる。

とにかく面倒を嫌う。人とのいざこざからは逃げる。腹では「死ね」と呟くのが常だ。一般社会では面倒の連続だ。人の話を聞かない老人や、自己中心的で人の迷惑を顧みないおばさんもよくいる。若者は学校で頑張らないことを良いことのように教えられたために面倒が起きると頑張らず逃げるのだ。そして相手が死ねばいいと思う。

こうした短絡的な思考はエスカレートして本当に面倒な人間たちを抹殺する者が現れた。聞けば親は小学校の教師だという。さもありなんというところか。年齢的にもゆとり世代の最後だろう。

人間には常に困難に立ち向かう努力が必要だ。それが「頑張る」ということだ。ストレスはエネルギーにもなる。火事場の馬鹿力は強烈なストレスから生まれる。ゴルフのプロには優勝争いで奇跡的なショットを放つ選手がいる。プレッシャーという強烈なストレスをエネルギーに変えた結果だ。

日本を代表するプロゴルファーに尾崎将司という選手がいる。彼は日本国内で100勝を挙げている。ところが海外では1勝もしていない。世界のメジャー大会と言われているマスターズや全米プロなどは日本では想像もできないほどの過酷な環境でプレーを強いられる。尾崎は何度も招待されたが惨めに逃げ帰った。彼は一度も「努力が足りない」とか「自分は下手だ」などという自省の言葉は発していない。「コースが合わない」と言っているのだ。

未だに日本の男子選手で世界のメジャー大会の優勝者はいない。女子では樋口久子が全米女子オープンで優勝している。また岡本綾子がアメリカで賞金女王になった。二人とも頑張った結果だ。今では松山英樹や石川遼がそれこそ頑張っている。彼らはゆとり世代よりも若い選手たちだ。

戦前の日本人は努力すること、頑張ることを美徳としてきた。頑張らないことは良いことではない。努力を惜しまずストレスやプレッシャーに打ち勝つことこそ良いことである。世の中の様々な困難には果敢に立ち向かわなければならない。国防も原子力制御も困難の極みだが逃げるわけにはいかない。短絡的な排除思考は何も生まないどころか危険だと心すべきだ。

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