Archive for 6月, 2012

危険な隣人たちの倫理観


2012
06.30

日本人は「嘘をつくな、人に迷惑をかけるな」と子供を教育し育てる。これは戦後もあまり変わってはいない。日本人にとって「人を騙すこと」は最も恥ずべき事である。

「正札」という商売の方法は日本にしかない。

「正札」とは何か。「適正な価格」という意味である。物の値段は値切るものと思っている人種は日本人ではない。日本では商人が付ける値段は適正なものだからである。

もっともこれは江戸時代までの話だ。明治以降、それまで高潔だった日本人も世界の下卑た習慣に染まって「正札」商売は廃れていった。それでも戦前まではまだ商売人も人を騙そうとは思っていなかったし、人々も「正札」を信じていた。
現代でも値札を見て値切ろうとする日本人は関西人以外あまりいない。

日本以外の他国ではどう云って子供を教育し、育てるか。

中国や朝鮮では「騙されるな、人に負けるな」と教育し、育てる。もちろん物の値段など値札は全く信用できない。騙される方が悪いと考えるのが中国人や朝鮮人だ。だから日本人も騙すに違いないと思われているのだ。

大陸民族の彼らは異民族を全く信用しない。信用できるのは身内だけなのだ。だから他民族や他国を敵と見なす。敵は自分たちを騙し殺しに来るから油断は出来ない。だから敵を殺しても何も悪いことはないのだ。殺しの文化が生まれる素地がここにある。彼らは相手を敵と見なせば殺して奪うことが正しいことなのである。騙されれば自分たちが殺されるだけだからだ。

日本人は同じ国内で多民族に囲まれて生きてきたことなどない。周りは全部身内だ。だから安心して隣人を信じることが出来た。しかしこの先は移民が増えてそうはいかなくなるかも知れない。

日本の鉄道の踏切にはほとんどの場合竹製の遮断機が付いている。車がぶつかれば簡単に折れてしまう。実際にはあってもないような物である。車が簡単に線路内に入れないように鉄製の遮断機にしろなどという話は聞いたことがない。滅多にそんなことは起きないからだ。列車が通るときには踏切には立ち入らないことがルールだし、みんなルールを守るからだ。アメリカの鉄道の踏切の遮断機は鋼鉄製で車がぶつかってもびくともしないそうだ。最初からルールを強制しようとしているからである。そうしないと守るやつがいないからだ。

住宅街の交差点では、日本なら「徐行」と標識が立っているだけだが、アメリカでは交差する道を横断してコンクリートの盛り上がりが作ってある。強制的に徐行させるためだ。最近は日本でもこういう方式がスーパーマーケットの駐車場などに見られるようになった。海外資本の店のせいもあるだろうが、徐行しない輩が多くなったからかもしれない。

「人の命に違いは無い」と思っているのは多民族や他国の侵略や略奪に逢ったことがない日本人くらいのものだ。世界では自国民や同族民族の人命と多民族や他国の人命は全く別のものである。人種差別をしたことのない日本人だから人命は同じ価値と考えるのだ。人種差別された人々の命は虫けらと同じ扱いだったことを忘れてはならない。日本はそういう人種差別主義者たちと戦ってきたのだ。原爆の実験に日本人を使った当時のアメリカ人は日本人を猿程度にしか思っていなかったことははっきりしている。

日本人は隣人を信用しない民族や国家と隣り合わせで生活している。相手は我々を信用していないと思っていなければならない。我々も頭から彼らを信じる訳にはいかない。彼らは隙あらば我々を騙そうとしているのだ。


ツールバーへスキップ