Archive for 1月, 2010

阪神淡路大地震


2010
01.19

もう15年にもなるのだ。

かの大地震の教訓は国政や行政の責任者に教条主義者がいると悲惨な目に遭うということだろう。 当時は被災地の人にとっては運の悪いことに、村山富市という政治ド素人の教条主義者が最高権力者だった。 自衛隊がいち早く出動準備を整えていたにもかかわらず、日頃から自衛隊を嫌悪していたせいで出動命令を出し切れず躊躇したばかりに、あたら数千人の命を失うことになったのだ。

6千4百人もの犠牲者の大半が村山に殺されたと言っても過言ではない。
左翼系マスコミもこのことにはほっかむりをしたまま報道すらしていない。

05:46 地震発生
05:50 陸自中部方面航空隊八尾基地、偵察ヘリ発進準備。
05:50 第三十六普通科連隊(伊丹)営舎内にいた隊員約三百人による救援部隊編成開始
06:00 CNNワールドニュース、トップニュースで「マグニチュード7・2。神戸で大地震」と報道。
06:00 村山起床。テレビで震災を知る。
06:20 テレビで急報を知ったダイエー中内功社長出社
06:30 百里基地、偵察のためRF4発進検討するも断念。4ヶ月前北海道東方沖地震でRF4が墜落、社会党の追及で 当時の指揮官が更迭されたため。
06:30 中部方面総監部非常勤務体制
06:30 村山、園田源三秘書官に、電話で、状況把握を指示(園田本人は「そのような事実は無かった」と否定)。
06:30 警察庁が地震災害対策室を設置、大阪、京都、奈良などに機動部隊の出撃命令を出す
06:35 第三十六普通科連隊(伊丹)、倒壊した阪急伊丹駅へ伊丹署の要請で先遣隊出動
06:50 陸自第3特化連隊(姫路)非常呼集
07:00 スイス災害救助隊、在京スイス大使館へ、日本政府への援助申し入れを指示
07:00 金重凱之秘書が国土庁防災局に電話で状況確認し、村山に「特にこれといった情報は入っていない」と報告。
07:14 陸自中部方面航空隊八尾基地、偵察ヘリ1番機発進。高架倒壊等の画像撮影。出動要請がないため訓練名目。
07:30 村山総理に一報
07:30 陸自第3特化連隊(姫路)、県庁へ連絡部隊発進
07:35 第三十六普通科連隊(伊丹)、阪急伊丹駅へ48人応援
07:50 石原信雄官房副長官、川崎市の自宅を出発。
07:58 阪急伊丹駅救助活動48人
08:00 官邸、防衛庁に、派遣要請がきているか確認するも、要請無し。
08:00 ダイエーが地震対策会議。中内社長、販売統括本部長にヘリコプターで神戸へ飛ぶよう指示。おにぎり、弁当など1,000食分と簡易衛星通信装置を搭載。
08:11 徳島教育航空郡所属偵察機、淡路島を偵察。「被害甚大」と報告。
08:20 西宮市民家出動206人
08:20 貝原知事、職員の自動車で県庁到着。対策会議開くも派遣要請出さず
08:26 総理、官邸執務室へ(予定より1時間早い)。テレビで情報収集。
08:30 セブンイレブン災害対策本部、被災地店舗へおにぎりをヘリ空輸開始。
08:45 村山「万全の対策を講ずる」とコメントを発表。
08:50 韓国政府、「日本関西地域非常対策本部」(本部長・金勝英=キム・スンヨン=在外国民領事局長)設置
08:50 石原信雄官房副長官到着。「現地は相当酷い」とコメント。
08:53 五十嵐広三官房長官「非常災害対策本部を設置し小沢潔国土庁長官を現地に派遣する」と発表。
09:00 呉地方総監部、補給艦「ゆら」が神戸に向けて出港。
09:05 国土庁が県に派遣要請促す
09:18 村山、廊下で記者に「やあ、大変だなあ」、視察はしないのかとの質問に「もう少し状況を見てから」とコメント。
09:20 総理国土庁長官、月例経済報告出席。地震対策話題無し
09:40 海自輸送艦、非常食45000食積み呉出港
09:40 神戸消防のヘリコプターが上空から市長に「火災発生は20件以上。市の西部は火災がひどく、東部は家屋倒壊が目立つ」と報告。市長は直ちに県知事に自衛隊派遣を検討するよう電話で要請。
10:00 村山、月例経済報告終了後廊下で、記者の「北海道や東北と違い今回は大都市での災害だが、対策は?」との質問に「そう?」とコメント。
10:04 定例閣議。閣僚外遊報告。非常対策本部設置決定。玉沢徳一防衛庁長官には「沖縄基地縮小問題で(上京してきている)大田昌秀知事としっかり協議するように」と指示。震災についての指示なし。
10:10 兵庫県知事の名で派遣要請(実際には防災係長が要請。知事は事後承諾)

さて、時系列的に事実を確認してみると、自衛隊がいかに迅速に救援準備をしていたか、行政がいかにのんびりと事態を考えていたかがよくわかるというものだ。民間のダイエーですら社長の指示で迅速に対応している。

自衛隊は国土や国民を非常事態から守ることを使命としているから地震発生直後から救援準備をしているのだ。当然に行政にも同じ義務があるにもかかわらずここまでのんびりとしているのは、日頃から無防備・無警戒・脳天気だからである。しかも当時の行政は社会主義者に牛耳られており、彼らは非武装中立などと言う寝言の信者だったから、国家の非常時に何もしないことで数千人の犠牲者を出してしまったのだ。

「何しろ初めてのことで…..」村山富市が後日語った脳天気な言葉が彼の無能ぶりを証明している。
村山批判に対して、これも脳天気な輩が弁護することがある。法的に不備があったからだとか、誰がやっても同じだっただろうとか、事実初めてだったのだから無理もないとか。
冗談ではない。そういう輩も日本が戦争をした頃の為政者の判断を同じように弁護するか?誰しも非常時は未経験であるはずだ。為政者は結果に責任を持たなくて何のための権力か。


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