Archive for 11月, 2008

国民に努力を要請する政治家


2008
11.05

アメリカに黒人の大統領が誕生した。若い頃から貧民の救済活動を行ってきた秀才だ。人種偏見を撥ね退けて大国の指導者になった。白人も黒人もヒスパニックもアジア人もゲイも関係なく個人の集まりがアメリカだと演説した。しかし犠牲をいとわず皆が努力をしてこの国をより良くしようと訴えた。正に民主主義の国の大統領である。

わが国では、政治家は利権を手にして金稼ぎをしているかのようにマスコミが吹き込み、現にそういう政治家も多い。しかも皆国民には美味しいことしかいわない。小泉さんが唯一国民に痛みを我慢してほしいと訴えて改革を進めたが結局元の木阿弥になろうとしている。

日本では戦後、皆のために犠牲を厭わない事をうそ臭いと思うようになった。政治家の言うことを信じない国民が増え、マスコミがそれを煽った。公徳心を説く政治家は疎まれ、マスコミは国民に責任を押し付ける無責任な政治家というレッテルを貼る。こういうマスコミが偉そうにしている間は日本に民主主義は定着しない。

人間が生きることは権利であると同時に社会的な義務を負うことでもある。日教組は年端も行かない子供に権利ばかりを教え義務を無視してきた。それは国家を否定するイデオロギーのためであった。彼らは国家を否定し無政府主義に凝り固まっているのだ。個人の集まりである国家は公の家族である。家族のために個人が犠牲になることも厭わない愛情が自然な人間性であるのと同じく、国家のために個人が犠牲になることは愛国心という自然な人間性である。

国家を否定し無政府主義に陥ることは自然な人間性を否定することである。共産主義は自然な人間性を否定することから始まる。個性の違いを否定し自由を否定する。宗教を否定し神を否定し人間は平等でなければならないと信じることから始めるのだ。真の共産主義者は子供に学歴など求めない。富は分配し私物化はしない。この国の共産主義者は似非ばかりだ。

そういう偽者に教育された利己主義者ばかりがこの国に溢れている。自己犠牲をせせら笑うテレビキャスターのような人種ばかりになっている。アメリカがうらやましいと思った一日であった。


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