2014年10月24日 - 雑事雑談    No Comments

なぜ人を殺してはいけないのか

「透明人間になったら何をしたいか」。小学6年生にこんな質問をすると、7人の児童から驚くべき答えが返ってきた。「人を殺す」「強盗する」。2年前、岐阜県の公立小学校の卒業文集にそのまま掲載され、保護者に配布されて大騒ぎになったことがある。

2014年10月23日の産経抄の記事の一部だ。

いよいよアメリカ占領軍の日本弱体化政策が現実化したという暗澹たる思いだ。人間は教育を受けなければ正義も悪事も解らないものなのだ。戦後70年経って日本人は野獣化したのだ。子供に権利ばかりを主張させ、義務をないがしろにする憲法を礼賛することが、世界に希有だった崇高な道徳心を持つ日本人を変貌させてしまったのだ。

アメリカ軍は日本軍兵士の自己犠牲精神を心底恐れた。そのため日本を占領するとすぐに日本人の自己犠牲精神を破壊することにした。人のためではなく自分のために生きる事が良いことだと教えた。自己主張することが美徳だと教えた。そのため私利私欲に走る輩ばかりになったわけだ。

それでも日本人の大半は今でも自己犠牲精神は残っている。震災の時に略奪しなかったし、食料の店主は採算度外視で食料を放出した。こんなことは日本でしか起きない。だが、神戸や大阪で起きた子供を殺す子供の犯罪や、死刑になりたいと言って人殺しをする輩が出現した。日本教には人を殺すなという教えはないが、戦前には「親を敬い子供を慈しめ」という道徳があった。それを教えなくなったために殺すことが悪いことだと解らなくなったのだ。

世界宗教はユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、同じ民族、同じ教徒同士は盗むな、犯すな、殺すなと教える。その代わり他民族、異教徒は奪え、犯せ、殺せと教えるのだ。嘘ではない。聖書にもコーランにもそう書いてある。ユダヤ教徒の実質上の経典タルムードにもそう書いてある。だからユダヤ教徒もキリスト教徒も平気で他民族を奴隷にできたし、他民族を虐殺したのだ。

ユダヤ教徒は虐殺される側のイメージが強いが、2000年以上も国を持たなかったからしたくてもできなくなっただけだ。紀元前のユダヤ王国全盛時には他民族を絶滅に追い込むことが使命のように暴れまわった。他の神を認めない一神教徒は恐ろしいのだ。

「なぜ人を殺してはいけないのか」の答えは、それを許せば人類は自滅するしかないからに決まっている。

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