2014年9月21日 - 雑事雑談    No Comments

支那大陸での歴史的事実

シナ大陸で日本軍が酷いことをしたというのが共産中国のプロパガンダだが、南京の虐殺といい、731部隊の人体実験といい、嘘八百のデタラメばかりを言いつのっている。それを古くは朝日新聞の本多勝一が共産中国の尻馬に乗って記事にし垂れ流した。日教組などの日本の共産主義者がそのデマを嬉々として拡散した。今でも子供にデマを教えている教師がいる

シナ大陸での戦闘は、盗賊の類の共産軍と、似たようなゴロツキ集団だった国民党軍対日本の正規軍の戦いだった。軍律を守ったのは当然に正規軍だった日本軍だ。シナの軍隊はまさにゴロツキの集団だったのだ。

共産軍は「金持ちから財産を奪い山分けをする」という共産主義の思想に飛びついた貧乏農民の集まりにすぎなかった。日本の正規軍の敵ではなかったのだ。共産軍は日本軍と一度も正面切って戦ったことなどなかったのである。シナ各地でテロを働いては逃げるということを繰り返した。被害にあったのはシナの国民だった。

国民党軍も日本軍の敵ではなかったが、何しろ大軍で押し寄せ民間人を襲っては逃げるということを繰り返したので、民間人を守る日本軍は泥沼にはまっていった。
蒋介石の有名な作戦に「堅壁清野」という焦土作戦がある。日本軍には勝ったことがなかった蒋介石は、逃げる際に村々を襲っては略奪、強姦をはたらき全てを焼き払ったのだ。日本軍には何も渡さないという言い訳をしながらであった。南京陥落後の日本軍に追撃された時には黄河を決壊させるという暴挙をして100万人の農民を殺し、600万人の農民を路頭に迷わせた。日本軍が溺れる農民を見殺しにしないことを計算し、時間稼ぎをしたのである。

シナ人は歴史的に酷い殺し方を好む。その証拠が死刑の種類に現れている。シナ人にとって死刑とは見せしめだったために、すぐには殺さないのだ。今でも見せしめの公開死刑をよくするのがシナ人だが、手脚を切ったり、鼻、耳、乳房、陰茎などを切り取って苦しめるのだ。肉を少しずつ削いだりする刑もある。とにかく酷い殺し方をする。朝鮮にもこの習慣は伝わり、李氏朝鮮時代には骨を少しずつ砕いて苦しめる刑もあった。日本が併合してからはそれらの酷い刑は禁止された。

とても日本人には真似のできない惨さをシナ人は持っている。近年でも文化大革命の際には親戚の大人を子供に殴り殺させたりした。人心が荒廃するはずである。恐ろしいのは紅衛兵だったそうした子供が今大人になって共産中国の中枢にいるということだ。親兄弟、親戚を殺してきた連中だ。それこそ何をするかわかったものではない。

共産中国が言っているような酷いことは全て彼ら自身がしてきたことだ。とても日本人にはできないことなのである。日本軍は世界一軍律の厳しい軍隊だった。兵を率いた将校たちは武士道精神にあふれた人々だったのである。

黄河決壊事件の際には溺れる農民を日本軍は総動員で助けた。そのため生き残った農民たちは鍬や斧で日本軍に敗れた国民党軍の兵士を襲い、武装解除をしたという。捕まった国民党軍の兵士たちは農民に殺され、30万人もいたが全滅したのだ。

これがシナ大陸での歴史的事実なのだ。

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