2016年8月3日 - 雑事雑談    No Comments

「コンビニ人間」

芥川賞を受賞した作品は「ある小倉日記伝」と「太陽の季節」を読んだくらいで純文学にはその後興味がなかったが、「コンビニ人間」は書き出しを立ち読みして興味を持った。

一気に読んでしまった。不思議に異性である主人公の生き方に共感を覚えた。誠に人の世は生きにくい。私も主人公のように普通ではないからかもしれない。何が普通かも実は解らない。しかし生き方、時間の過ごし方がマニュアル化している仕事場では皆が同じ生き方や過ごし方をする。そこに安心感や心地良さがあって生き生きとできる。そこでは自分も普通でいられるからかもしれない。

自分のことを言えば、後期高齢者にもなって独り者で猫と暮らしている。これだけでも普通とは言えないかもしれない。あるいは落伍者扱いを受けるかもしれない。いつ死んでもいいと思っているが、友人たちからはどう思われているかわかったものではない。仕事場では子供か孫ほども年の離れた人々と同じことをしている。既にお節介をする人もいないが、間違いなく変わり者と思われているだろう。

実はほとんどの友人たちや兄弟、親戚と同じような人生を辿ってみようかと思ったこともあるが、自分に子供ができるなど想像ができなかった。「コンビニ人間」の主人公のように、自分なりの生き方が別に他の人と同じでなくてもいいじゃないかと思えるようになるにはそれなりの時間が必要だ。それでも他人からは「寂しくないか」とか「無理しなくても」とか言われそうである。そういう時は「ほっといてよ!悪いけど・・」と言うことにしている。やはり変わり者なのだろうか。

日本の神話では男女神が一対となって国を生み、富み栄えたと書かれている。してみれば私は神話にも沿わないはぐれ者だ。自然界でも動物は子孫を残すことが必然であり不可欠なことだ。でなければ種は滅びる。しかし人間だけは自分の生き方を選べる。権力者ともなればなんとしてでも自分の血や種を残したいと思うのだろうが、私一人くらい法則を破っても罰は当たるまいと思う。これも強がりと言われるのがオチだが。

コメントするにはユーザー登録してくださいね。

ツールバーへスキップ