2016年7月31日 - 雑事雑談    No Comments

障害者を抹殺した犯人

相模原で起きた凄惨な殺人事件は寝たままの障害者を19人も刺し殺すという何とも理解しがたい事件だった。
衆議院議長に出したという予告書を読んだが、世界平和のためだと称していた。障害者を抱える家族や施設の職員の激務を憂いてのことだという。ナチスの優性学信奉者のような行動だ。

しかし犯人は優生学などを信奉しているのではない。現在の日本で猛威を振るっている「短絡思考」の持ち主なのだ。「障害者は自分一人で生きることが困難だ。面倒は家族が見るしかない。人に任せれば金がかかる。公共の施設に入れても擁護員は苦労するばかりだ。いっそ抹殺すれば皆が助かる。」こういう思想だ。

世の中には面倒が多い。人に迷惑をかけるボケ老人や、隣人と諍いばかり起こす自己中人間が蔓延っている。いっそそういう人間は死んでくれないだろうか。生活も電気に頼っているが、効率よく発電する原子力はコントロールが難しい。万一爆発でもしたらとんでもないことになる。いっそ原発は無くしてしまった方が安心だ。共産中国が侵略してくるかもしれない。軍事力を持っても戦争になるのは怖い。いっそ共産中国に擦り寄った方がいい。

こうした「短絡思考」が今の日本では蔓延している。戦後の日本人は戦争に負け、おとなしくしている方が安全で平和になると洗脳された。困難を克服するなど苦労はしたくない。戦争をしてまで平和を守るなど意味がないと思っている輩も多い。典型的な負け犬の思想だ。

民族の違い、宗教の違い、思想の違い、これらが一掃されなければ何もしないで平和は保てない。これらの違いが対立した時に話し合いによる解決には限界がある。最後は力で対立するしかない。それが人類の歴史的事実だ。話し合いには時間も労力も膨大にかかる。その間現状を維持するために軍事力が必要なのだ。

原発を生かすのも時間と労力がかかる。そのために必要なのが技術力だ。原発は日本にだけあるのではない。対岸の朝鮮にも共産中国にも数多く存在する。それらが事故を起こせば、死の灰は偏西風に乗って日本に降り注ぐ。原発問題は日本だけで収まる問題ではないのだ。短絡的に日本の原発を無くせば安全などと寝言を言っている場合ではない。日本は原子力制御の技術力をどの国よりも養わなければならない立場にいるのだ。

障害者を救うにも医学的技術力が必要だ。努力を怠り元凶を抹殺すれば事足りるとするのは短絡思考の典型だろう。障害者殺人を犯した青年の存在は現在の日本の病理を明確に示している。

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