1月 5 2016

反日思想の源流

1970年代、大森勝久は新左翼の理論として太田竜の窮民革命論やアイヌ革命論などの影響を受け、更に梅内恒夫の手記「共産主義者同盟赤軍派より日帝打倒を志すすべての人々へ」が、その理論的形成のきっかけとなった。「反日亡国論」は、単に帝国主義戦争に反対する立場から自国の敗戦と革命を目指す「革命的祖国敗北主義」ではなく、また単に「明治以降の日本帝国主義が為した悪行」を批判するのでもなく、歴史をはるかに遡って日本国の建国や日本民族による歴史そのものを否定し、その絶滅を主張した。この立場では、いわゆる「日本人」は、己が「抑圧者・犯罪民族」たる日帝本国人であることを充分自覚し、自己否定していかなくてはならない。日本は償いきれない犯罪を積み重ねてきた反革命国家であり、醜悪な恥晒し国家・民族であるので、日本を「祖国」と思うこと自体が最大の反革命思想であり、積極的に民族意識・国民意識を捨て去って「非国民」になれと説く。そして反日亡国論を全面的に受け入れて反日闘争の闘士となることで、初めて「抑圧者・犯罪民族」という「原罪」から解放されるとする。

何ともおぞましい思想だが、これが今日の反日思想の源流なのだ。日本人でいながら日本を否定する思想は、国家観喪失にその原点がある。日本という古代国家がそのまま近代化した世界の歴史上唯一の独自国家を否定しなければ、共産革命は成り立たない。民衆に不満がなく、支配階級が搾取をしない国家に共産思想は育つわけがないのだ。そのため日本という特異な国家を根底から否定する必要があったのだ。大森は投獄され正気に戻ったか、自らの思想を「悪魔の思想」と懺悔したという。誠に哀れなものだ。

しかし今日、未だにこの「悪魔の思想」に身を売った輩が蠢いている。朝日新聞、毎日新聞や、文化人とやらもその仲間だ。だからこそ、性懲りも無く捏造を繰り返し、日本を呪って止まない。しかし日本に共産社会など無用なのだ。

そもそも日本は古から運命共同体だった。天皇家も貴族も庶民もそれぞれが己が使命を知っていた。平安時代まではいざ知らず、貴族が庶民を苦しめ搾取した歴史はないのだ。江戸時代などは支配階級の武家は商人から借金までしていた。支配階級者が庶民から金を借りていた国など世界広しといえども他にない。それほど支配階級は庶民と共にいたのである。

共生が続いたこういう国を呪うのは己が思想に矛盾があるからである。共産主義などすでに破綻している。日本に生れながら日本の本質を知らず狂信する思想に囚われている輩は哀れである。いかに捏造を繰り返そうと日本は不滅だ。今年こそその真髄を取返す時である。



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Posted 2016年1月5日 by takamasa in category "雑事雑談

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