9月 20 2015

民主主義の後退

今国会の安全保証法案に関する野党の無様な醜態は民主主義の後退かと思わせる事態だった。我が国は明治以来独自の民主主義に目覚め、自由民権運動などは活発な議論を国を挙げて行った。指導したのは武家の出身者が多かった。この国は鎌倉時代以降武家が国政を司り、力によらず議論することで運営してきた。時に世が乱れれば再び力を頼り、平定してからはまた議論を高めた。明治維新の5箇条の御誓文には「万機公論に決すべし」と最初に誓っている。

ところが平成の世にろくな論議もせず、時間稼ぎをした挙句、国民の税金をドブに捨てる行為を平然と行う野党が跋扈した。国会運営で費やされる費用はすべて国民の税金だ。時間がかかればその分税金が無駄に費やされる。牛歩など税金の無駄使いの典型だ。

なぜ今の野党は議論ができないかといえば、最初から結論を出しているからだ。結論ありきでは議論にならない。つまり、日本に2大政党ができない理由だ。野党第1党の民主党はほとんどが社会主義者だからである。共産主義者は論外である。

敗戦後の日本人は政権与党を保守政党に預けることで高度経済成長を成し遂げてきた。しかし共産主義者や社会主義の策謀で、国民は日本の保守政党は戦争を引き起こすと吹き込まれてきた。マスコミは社会主義者に牛耳られこの策謀を広めた。旧社会党や共産党に投票するものの中にも、この策謀に毒されて半ば本気で保守政党を牽制するつもりの無知な善人が多い。

共産主義者は当然としても、日本の社会主義者は民主主義を曲解している。共産主義や社会主義は民主主義ではない。全体主義なのだ。共産主義国や社会主義国に自由な議論は起きない。なぜなら皆意見が同じだからだ。違う意見を持つものは投獄されてしまう。つまり抹殺される。それが彼らには解っていないのだ。

そんなバカなと思うものは考えてみれば良い。共産主義国や社会主義国には必ず「民主主義共和国」という名前がわざわざついている。そうではないからわざわそういう名をつけるのだ。また、そういう国に野党はない。一党独裁だ。

社会主義者や共産主義者に議席を与えることは保守党の牽制にはならない。国力の衰退を招くだけだ。自由主義者で意見の違う議員を国会に送らなければ本当意味での牽制にはならないのだ。今の日本にはそういう空気がないから、意見の違うものも同じ政党に属してしまう。保守政党に存在する派閥こそが対抗政党の資格を持っているのだ。歴史を知ればその証拠に気づく。自由民主党は自由党と民主党が保守合同で合併した政党なのである。日本国民が社会党などに議席を与えすぎた結果だ。55年体制とはその結果で、以後まともな議論などできなくなった。

現代でいえば、維新の会や次世代の党へ議席を与えなければこの国の国力は栄えない。これらの保守政党同士で議論をすることが本来の国会といえよう。社会主義者は「ダメなものはダメ」と言って議論をする気などない。国会で議論をする気がないなら議員になるなと思うがどうか。

今の野党は税金の無駄使いをしているだけである。共産党などは責任政党になるはずもないから無責任なことばかり吹聴し、まともな政治の邪魔をしてるだけだ。今の民主党も社会主義者の集まりだから国会運営の邪魔をすることしかしない。いい加減日本人はまともな保守政党を育てるべきだろう。今の自民党には親中派や親韓派などの獅子身中の虫がゴマンといる。まともな保守政党を育ててそういう輩を排除しなければ、アメリカからの真の独立などとても望めない。



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Posted 2015年9月20日 by takamasa in category "雑事雑談

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