6月 5 2015

歴史を知らない愚かさ

日本の左翼思想家は日本という国の体制を根底から変えたいと思っている。天皇家が日本に君臨しているなど、どうにも我慢がならないのだ。真面目な共産主義者は専制君主と立憲君主の区別などどうでも良いと思っているのだろう。いずれにしても君主などは殺してしまわないと共和制にはならないということは解っている。もちろん今の日本では難しいことも。だから熱心に天皇を貶めて、現在の国の体制を維持しようとする勢力を軍国主義者とレッテルを貼って、自分たちを平和の使徒のように正当化するのだ。大江健三郎などがその典型だろう。彼が旧帝国軍の悪行を書いたり言ったりするときには、それが事実かどうかなど問題にはしていない。悪いことをしたに違いないという論旨だからだ。それは天皇の軍隊だったという理由からだ。

真面目な共産主義者ではなくとも大学で共産主義にかぶれた団塊の世代は、天皇家を皆殺しにしようとは思わなくても共和制にはするべきだと思っている。権力者のすることに反対するのは美しいことだと思っている。憲法で戦争を放棄しているうちに革命が起きれば良いと思う共産主義者が言うことに疑問を持たないのも「戦争放棄」を美しいと思うからだ。戦争放棄を規定した憲法を改定するのは改悪だと思うのは「美しくない」からだろう。それが政治的にどういう意味を持つかには興味がないのだ。しかも「みんながそう思うならそうなのだろう」というポリシーの無さがこの年代の特徴だ。軍隊の存在はそれだけで危険だ、原子力発電所もあるだけで危険極まりない、オスプレーも危険な軍用機だ、と危険性ばかりを唱え、必要性などは考えもしない。すっかり朝日新聞や毎日新聞の刷り込みに毒されて思考停止に陥った共産主義かぶれの集団が団塊の世代だ。

フランスもロシアも、皇帝一族や国王一族を皆殺しにして共和制になった。君主制の国が共和制になると言うことはそういうおぞましい事が必要なのだ。アメリカなどの最初から統治する形態がなかった国は共和制しか取れなかった。アメリカ人は根底では君主制に憧れているのだ。大統領選に熱狂するのも、イギリスに憧れるのもそのせいだ。元々白人種の理想はローマ帝国の政治形態なのである。

日本は2000年以上も前から君主制の国だ。しかも世界でただ一国古代国家がそのまま近代国家になった国だ。その間君主の家系は一度も他に取って代わられなかった。なぜか?

そもそもなぜ共和制などと言う政治形態が考え出されたかと言えば、専制君主が横暴を極め庶民の生殺与奪が専制君主に握られていた時代が長かったからだ。貴族政治が庶民の怨嗟を招いた結果、革命思想が誕生したのだ。共産主義や革命思想は貧困層の嫉妬と怨嗟がその原動力なのである。

日本でも平安時代までは貴族政治が続いた。庶民は虐げられて搾取に喘いだ。それを変えたのが武家の政治だった。武家も貴族の出だが、自ら開墾をし、武装して自衛をする勢力だった。貴族と違っていたのは自ら労働を惜しまなかった点だ。それが庶民にも受け入れられ、その後800年以上も続く政治形態になった。しかも君主という権威は武家の祖先という理由から守られたのだ。つまり日本の君主は庶民を虐げた暴君が少なかったと言うことだ。だから天皇家は一度も他に代わられることがなかったのだ。

日本という国に共産主義や共和制など言う思想や政治形態は最も似合わないのだ。現在の天皇家は常に国民の平和を祈願する存在で、自分たちのための権力など一切持たない。正に奇跡的な君主なのである。それは歴史上の事実が雄弁に物語っている。

現在の日本人は歴史上の事実をきちんと知らずに過ごしている。教育の欠陥だが自らも書籍でしっかり学ぶべきだろう。日本だけの歴史ではなく、世界の歴史的事実の中で日本が何をしてきたかを知ることが重要だ。歴史とは物語だ。戦争もなぜ起きたかを知らなければ歴史に学ぶことすらできない。歴史に学ばなければ平和も安全もただの夢想に終わる。



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Posted 2015年6月5日 by takamasa in category "雑事雑談

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