5月 29 2015

下山事件を知っているか

CS放送で「日本の熱い日々・謀殺下山事件」という映画を見た。1981年に俳優座映画部門が制作したものだ。原作は元朝日新聞の記者・矢田喜美雄である。松本清張の「日本の黒い霧」でも読んだことがあるが、未だに未解決の事件である。

1949年初代国鉄総裁に就任したばかりの下山定則が、いつものように大田区上池台の自宅を公用車で出たが、途中日本橋の三越百貨店に立ち寄ったまま消息を絶ち、深夜になって足立区綾瀬の国鉄常磐線北千住と綾瀬間の線路上で轢死体となって発見されたという事件だ。

検死をした東大と慶応大とで見解が異なり、死後轢断と生体轢断という正反対の結果が出て、他殺か自殺かが不明のまま結論が出なかった。ところがアメリカ占領軍の憲兵司令部・犯罪捜査研究室からの情報で轢断地点の上手側に点々と続く血痕が発見され、死体を運んだ痕跡かという憶測が生まれた。

一方、三越、地下鉄、東武伊勢崎線五反野駅と至る所で下山総裁らしき人物を目撃したという情報があり、その人物は五反野駅では改札係に「近くに宿はないか」と聞いている。駅からは何件かの宿が見えるが、改札係は以前から知っていた「末広旅館」を紹介したという。午後2時頃から5時過ぎまで末広旅館に下山らしき人物が滞在したという証言があった。証言をしたのは宿の女主人だったが、後に下山の写真で本人と確認している。また五反野駅から遺体発見現場に到る東武伊勢崎線沿線でも下山とみられる人物がうろついていたのを近くの住人が数人目撃している。

しかし矢田も清張も他殺説を採っていて、目撃された人物は替え玉ではないかと推理している。その根拠は、轢断死体の周辺に散らばっていたシャツや下着、靴下などに大量の米ぬか油が付着していたにもかかわらず、上着や靴の内部にはそれらがなかったことや、足などに傷がなかったのに靴は轢断されていたなど不自然なことがあったからだ。また無類のたばこ好きだった下山が、末広旅館に2時間以上もいながら吸い殻を残していないなども替え玉の根拠とされた。だが、もし他殺だとすると、謀殺者たちは自殺を偽装したことになる。

戦後アメリカ占領軍は憲法を改正して日本の民主化を進めるため、旧体制派を公職から追放し共産党を合法化した。大学教授や公務員に共産主義者が急速に増えることになった。支那大陸では中国共産党軍が国民党軍を台湾に追い出して支那を共産化することに成功する。日本でも共産革命を叫ぶ勢力が勢い付いていた。アメリカ占領軍は日本に関して、民主化政策から防共政策に転換を迫られていた時期であった。そのため手始めに高インフレを脱するための緊縮財政政策をとることにして、公職員28万人の人員削減を決定したのだ。公職員にはびこる共産主義者を一掃する政策でもあった。

下山総裁はGHQの命令で10万人もの国鉄職員を解雇する予定だった。事件前日には第1次人員整理として3万7千人の解雇を通知している。下山は根っからの鉄道マンだったため空前の大量人員整理には苦悩していたという。自殺説を採る人々はその苦悩が原因とした。

下山総裁の死は自殺とも他殺とも解らぬまま、共産主義者の謀殺という噂が流れるようになる。下山事件に次いで三鷹で無人機関車が暴走脱線する。また福島の松川で何者かの妨害で特急列車が脱線するという事件が続いた。これらは国鉄の大量解雇に反対する労働組合が大規模なストライキを計画していた最中に起こった。警察は三鷹事件でも松川事件でも国鉄労組内の共産主義者を犯人として逮捕した。後に松川事件の逮捕者は冤罪として無罪になっている。しかし国民の共産主義に対する恐怖感は決定的となり、国内の共産主義運動は沈静化することになった。

三鷹や松川の列車事故は明らかに何者かの謀略だ。おそらくは米軍関係者の仕業だろう。国鉄の施設で大事故を起こして国労内部の共産主義者の仕業に見せかけたのだろうと思う。結果は犯人たちの思惑通り、国民に共産主義活動に対する恐怖心を抱かせることに成功している。しかし下山総裁の事件は謀殺とするには、なぜ自殺に見せかけたかが解らない。自殺に見せかけるのは意味がないだろう。なぜなら総裁を葬るのが目的なら替え玉など立てて自殺を偽装する必要がない。明らかに謀殺らしく見せた方が共産主義者の仕業に見させることが出来るではないか。故にあの事件は自殺だったと思う。

GHQは共産主義者の勢いを止めたかった。下山総裁に自殺されてしまったので、すぐに三鷹事件や松川事件を起こしたのだろう。GHQは共産主義者を甘く見ていた。それこそ日本に共産革命が起きようとしていたのだ。そしてこれらの事件直後に朝鮮戦争が起きた。

矢田も清張も朝鮮戦争はアメリカが仕掛けたと思っていた。当時は日本中が共産主義者のデマを信じていた。だから下山事件もGHQの謀略だと思ったのだ。しかし事実は違っていた。ソ連にそそのかされた金日成が南に攻め込んだことは既に解っている。映画「日本の熱い日々・謀殺下山事件」も朝鮮戦争はアメリカの仕掛けたものという前提で描かれている。前提が違っているので完全なフィクションになってしまった。フィクションにしても自殺を偽装する理由が「国民の同情を呼ぶ」と言うのはいかにも甘すぎる。その点三鷹事件や松川事件は正に謀略だ。アメリカのやることは甘くはない。