145月/15

台湾が日本産食品輸入禁止へ

福島産だけでなく、茨城、群馬、栃木、千葉を含む5県産の食品を輸入禁止にしていた台湾が、産地偽造の疑いで日本産の食品輸入検査をしたそうだ。その結果、偽装が疑われると言うことになって日本産の食品は全面輸入禁止になるという。

台湾は東北大地震の際にはいち早く援助金を送ってくれた盟友国だ。日本への観光客も他国と比べ一番多い。その台湾が放射能を恐れるあまりこういう挙に出た。科学的根拠は全くない。健康被害も全く出てはいない。元々迷信深い国民性が表れているのだろう。

原発反対派や左翼マスコミが、日本の原子力開発に反対することを目的に、殊の外福島の放射能被害をねつ造したツケである。哀れ福島の農家は死に体だ。福島どころではない。全く影響のない茨城や群馬、栃木、千葉の農産物まで拒否されているのだ。日本政府は科学的根拠がないことを理由に交渉中らしい。実際科学的根拠はないのだ。

台湾以外はそこまでではないようだが、このままでは日本産の農産物は輸出できなくなるかもしれない。それもこれも、日本の原子力開発を阻止したい共産国の工作の成果だ。脳天気な安全神話信奉者がその後押しをしている。

アメリカ軍が横田基地に配備するオスプレイについても、全く同じ工作が進行している。事故が起きたらどうするという危険性を殊更煽って反対しているマスコミは、正に共産国の手先になっているのだ。過去に起きた事故は未熟な操縦士の操縦ミスが原因だった。それをいつでも事故が起きるかのようにねつ造記事をマスコミは書いている。

こういうことが分からない善良な安全神話信奉者がこの先も日本を危険に陥れるに違いない。善良な安全信者ほど戦争を招く人種はいないのだ。

135月/15

「安全神話」が事故の元

2011年の福島原発事故は1000年に一度ともいう大地震とその後の14メートルにも及んだ津波によって、バックアップ電源が壊滅したために制御不能となって起きた。一方同じ沿岸宮城県の女川原発は地震直後に自動停止して、13メートルの津波にも耐えた。2つの原発の違いは万一を考えた対策をしてきたかしなかったかの違いだった。

日本で最初に作られた福島原発は「絶対に安全か?」と反対派やマスコミが詰め寄り、政府・東電は「絶対に事故は起きない」と宣言して建設を始めたものである。そのため、避難訓練も万一の対策も、「絶対に安全なら対策も避難訓練も必要ないだろう」という反対派やマスコミの声で、不測の事態など想定すらせずに40年間稼働し続けた。(と言われている)

確かに目に見える事故は40年間一度も起きなかった。しかし事故や故障は必ず起きるものだ。日本の原子力発電所を最初に作るに当たって、政府・東電は「事故は絶対に起きない」と言わされたのだ。そうでも言わなければ建設はできなかったからだ。従って政府・東電は秘密裏に原子炉の改良や安全対策を実施していた。当然のことである。故障・事故はいろいろ起きていたのである。

絶対的なリスク・ゼロなどというものはこの世には存在しない。事故や故障は必ず起きる。そのために避難訓練や万一の対策を日頃からしておかなければならない。原発も例外ではない。原発反対者は事故が起きることを想定することすら認めず、絶対安全の言質を取って事故が起きないことを保証させたのだ。これが「安全神話」と言われるゆえんだ。

時の政府や東電が「絶対安全」を保証することなどできるはずもない。絶対安全などこの世にはないからだ。しかし憲法9条があれば絶対に戦争をしなくてもすむと考えるのと同じ発想で、誰かが絶対に事故は起きないと保証すれば事故は起きないと信じたい人々が「安全神話」を作り出したのだ。

憲法9条には「戦争は起きない」と書いてあるわけではない。「戦力は持たない」と書いてあるだけだ。共産中国のように力ずくで領土を取りに来る国がいても、日本としては実力では抵抗しないと書いているだけだ。当然土地を取られそうになった地主は自力で抵抗するしかない。もしくは黙って取られるしかないのだ。国としては実力では守れないと憲法に書いてあるからだ。だからこれまで実力を持つアメリカ軍に守ってもらってきた。だからアメリカ軍の基地・施設が全国に132カ所もあるのだ。沖縄には33カ所、北海道には18カ所存在する。沖縄は共産中国に対峙するため、北海道はロシアに対峙するためだ。当然沖縄・北海道ともに共産国からの工作活動が盛んで、地元新聞社は完全に共産主義者に乗っ取られている。

つまり現実というものは「そうあってほしい」ようにはならないということだ。原発といえども事故は起きる。戦争の脅威は常に存在する。憲法で戦争を放棄したところで戦争そのものをなくすことなどできない。だから創意工夫、対策訓練、研究開発、研究努力、準備対策が不可欠なのだ。人生と同じである。「僕は死にましぇん!」と宣言したっていつか必ず人は死ぬ。

昔、生命保険の勧誘員に「生命保険に入れとはすぐに死ねとでも言うつもりか」と血相を変えた人々がいた。人間は必ず死ぬ、だから残される家族のために保険に入っておけという話が普通に聞いてもらえるようになったは、比較的最近なのだ。今でも「縁起でもない」と断る人々はいるのである。

「9条神話」も「安全神話」も現実を見ない夢想主義者が抱く妄想だ。大半の日本人は災害は忘れた頃にやってくるとして避難訓練を行っている。石巻市雄勝町の子供たちは日頃の訓練のお陰で高台に逃れて助かった者が多い。しかし町が作ったハザードマップは信じなかったという。押し寄せる高波を見て、マップに書いてあった場所よりもさらに高い場所を目指した。マップを信じて安心していた老人たちは逃げ遅れて津波にのまれた。いざというときには現実を直視する危機感の方が生半可な知識や安心を得たいだけの願望などよりも重要だという例だ。