たかまさ's WebSite

政治不信を煽る者

松本清張の小説は中学生の頃に出会って以来愛読してきた。既に50年になろうとしている。清張没後25年も経っているので新刊はないがどれも珠玉のものだと思っている。しかし清張の思想には共感できるものはあまりない。清張は共産主義シンパだったからだ。それでも小説としての出来は素晴らしいものだったと思う。現在の推理小説はあまり読まないが清張の亜流が多いと思う。特に清張直後に世に出た推理小説家はほとんど清張の亜流に過ぎない。

清張は40歳を過ぎてから世に出た。しかしその作品数は膨大なもので、推理小説界だけでなく文壇では「巨人」と言われていた。そのためもあって功罪は計り知れない。作品の出来は良いものが多いので罪の方が多いかもしれない。それは「政治不信」や「知識階級への不信」を世に広めたという罪だ。清張の執筆動機には貧富の差に対する怨嗟の念が強い。また権力者への不当に近い不信感が強いのだ。若い時の貧困や不当な扱いを受けた経験が彼の精力的な執筆の原動力となっているからである。また女性に対する不信感も清張の作品からは強く感じられる。これは理由がわからない。余程手ひどい失恋でもしたのだろうか。または母親に対する不信感が原因かもしれない。何れにしろ清張作品に出てくる女性はあまり良くは描かれていない。

清張の推理小説の犯人には役人や政治家、社会的地位のある人物が多く、殺人の動機が保身という新しい分野を開拓したことで人気が出た。それまでの探偵小説の殺人動機はほとんどが金銭か復讐だったからだ。アガサ・クリスティーの小説の犯人も財産目的か復讐または嫉妬の何れかが殺人の動機として描かれている。清張以後の殺人の動機は保身ばかりになった。だから亜流だというのである。

清張の作品が良い出来であればあるほど、犯人として登場する政治家や高級官僚などが保身に走る姿に現実味があって面白いのと同時に、それらに対する現実的な不信感が増長されていった。これに共産主義が絡めば、格好の現体制批判に応用できる。体制批判をすることが至上命題だったマスコミがこれに飛びついた。清張以後、社会悪と言えば政治家や高級官僚と相場は決まっていた。政治不信や行政不信はフィクションを越えて常識的になっていった。

私自身が高校生のころまで政治家や高級官僚は悪いことを普通にしているものと思っていた。しかも権力者が悪いことをしても隠蔽されてしまうものと思ってもいた。清張の作品にも小役人が犠牲になり上司やその上の官僚や政治家はしらばっくれてうやむやになる話もあって、実際はそんなものかもしれないという思いがあった。だからロッキード事件で田中角栄が逮捕されて本当に意外だったのを覚えている。既に清張作品はフィクションを越えていたのだ。

清張の作品はフィクションだ。それでも描き方に現実味があって説得力もあった。清張自身も実際の事件を推理することを精力的に行ったのでなおさら作品に凄みも出た。「昭和史発掘」などでは実際の疑獄事件や収賄事件、あるいは未解決事件を推理している。実際の事件推理では清張の思想が色濃く出るので共産主義的発想から間違った推理も多い。下山事件などの国鉄がらみの事件推理はその典型だろう。朝鮮戦争をアメリカの策謀と考えていたために間違った結論を出している。

何れにしろ清張が広めた社会的地位の保身目的という殺人動機は、瞬く間に社会に浸透していき、現実の政治家や高級官僚への不信感を増長させていった。この現象は共産主義者にとっては実に好都合であった。政治家や高級官僚に最初から悪いことをする輩というレッテルを張り、現実の政治不信に民衆を誘導したのだ。朝日や毎日などの大手マスコミがその手先となった。昨今でも総理大臣が関与したに違いないという憶測を記事にして、現体制を批判するという愚かなことを朝日や毎日などの大手マスコミが行って、現実を知っているネット民からは冷ややかな批判を浴びた事実がある。

しかしこうした共産主義者の体制批判や反日左翼マスコミの愚かな行為を真に受ける勢力もあるのだ。自分で考えずマスコミや権威者の言に左右される愚民は実に多いのである。特に戦後の共産主義教育にどっぷりと浸かってしまった世代は、事実や現実を見ようとはしない。彼らにとってはマスコミが見せてくれる風景が現実なのだ。愚民も勢力によっては無視できない存在となる。民主党に3年間も政権を与えた愚民勢力は今後も無視できない。常に共産主義者の策謀を世に知らしめ、反日マスコミの活動の裏を暴露していくことが日本にとって非常に重要なことである。

政治を司る者は益々世襲化している。世の不信感が強まればなおさら政治家や公務員は世襲化する。なぜなら家族にしか事実は解らないからだ。警察官や自衛官が世襲になっているのが良い証拠だろう。公務に携わる価値を正しく認識させるには教育しか方法がない。子供の時代に公務に携わる価値を教え込んでこそ政治家や公務員の質は高められる。「面従腹背が座右の銘」などと恥ずかしくもなく言い放つ役人が出るようではこの国も危ういと思い知ることだ。

日本人の劣化3

日本が中世階級制度を破棄して国民国家になった明治時代だったが、依然として階級は存在していた。皇族、貴族、華族、平民という階級だ。皇族と貴族は昔からの家柄で支配階級であった。華族は明治維新に貢献した武家から新たな階級として創設されたものだ。その他は全て平民となった。

議会は貴族院と衆議院で構成された。貴族院は貴族と華族で構成され、衆議院は平民の代表者が選出されて構成された。選挙権は当初納税の過多で決められていた。実に合理的な考え方だ。納税をしていない者が政治に関与する資格はないという考え方である。なぜなら議会で決めるのは税金の使い方だからだ。選挙権は歴とした権利として認識されていた。

国民の教育が進み選挙民としての自覚が熟成したと判断されてから選挙権には制限がなくなった。女性の選挙権も認められるようになって本当の意味で国民総参加の政治が始まったと言っていい。しかしその質の高低は教育に委ねられた。人間の質は教育によってのみ形成されるものだ。特に家庭における教育が鍵を握っている。

例えば人間として恥じるべきものは何か。生きる上で重要なことは何か。礼節や高潔な価値観を身につけるのは家庭において教育する以外にないものなのだ。日本人が世界に誇れる民度は全て家庭教育の成果なのである。だからこそ皇族を始め貴族や華族は支配者階級としての自覚を家庭で教育して伝統としてきた。血筋が重要なのはそうした伝統なのであって単なる血の繋がりではない。

ちなみに日本では伝統的に子供には「嘘をつくな」「迷惑をかけるな」と教育してきた。だから自動販売機は深夜でも道端に普通に置いてあって盗難にも合わない。忘れ物も普通に届けられて戻って来る。朝鮮や中国では「負けるな」「人を信じるな」と教える。だから損をすることは負けることに繋がって、価値観は「損得」となる。子供の頃から人間不信だから嘘を平気でつくようになる。これだけでも民族性に違いがあるのだ。

近世血筋の伝統を嫌悪し、貴族階級を搾取階級とする思想が生まれた。事実中世ヨーロッパでは貴族階級は地主として民衆から搾取する階級であった。日本でも心得違いをする上流階級者もいただろう。ヨーロッパの平等思想は日本にも流入した。社会主義者や共産主義者が日本でも生まれ、貴族の中にも思想にかぶれる者が出た。文学者に多く見られる平等思想は広く国民に浸透するに及んだ。しかし共産主義だけは現政治体制を転覆させる革命思想に繋がるものとして非合法化された。自由主義国に見られる当然の処置だ。

ところが日本では対米英戦争敗戦後、占領米軍によって一気に身分制度が破壊された。貴族や華族は廃止され、皇族以外は全て平民となったのだ。共産主義まで合法化され、特に公務員の労働組合が結成されて、平等思想は凄まじく国民に流布されていった。旧体制派の公職追放で政治の中枢や大学教授などの知識階級には共産主義者が就いていった。そのため高等教育で共産主義者が育成されるという事態になった。

由々しき事態なのは政治の中枢や高級官僚に社会主義者や共産主義者が居座ることになったことだ。皇室に対する崇敬の念を持たない者が皇室の命運を握る事態になっているのだ。

共産主義は歴史的伝統を破壊することを最も重要な使命とする思想だ。そうしなければ完全な平等社会は生まれない。特に身分に関する伝統は血筋を絶やさなければ一掃することはできない。だからヨーロッパの王朝貴族は皆殺しになった。日本では皇族を皆殺しにしなければ共産社会は生まれない。しかし日本の場合、皇族だけでは済まない。なぜなら日本の貴族は皇族の子孫が大半だからだ。貴族だけではない。元武家は皇族の子孫なのである。これらを絶やすことなど不可能と言って良い。

しかし今の日本人はこうした歴史や伝統をすっかり忘れている。戦後教育はこうした歴史や伝統を忘れさせるために施されてきたと言って良い。日本の共産主義者は日本の伝統を破壊するために一番重要な家庭教育を放棄させようとしている。家庭を破壊する思想の代表は夫婦別姓やジェンダーフリーである。これらを唱える者が自覚しているいないに関わらず、これらの思想は結果的には家庭崩壊を生む。

元NHKアナウンサーの下重暁子が書いたという「家族という病」という本がある。下重は崩壊しかかっている現代の家庭を憂いて個人として自立すべきだと言っている。家族も所詮他人の始まりだという思想だが、元軍人を父に持つ著者の経験から敗戦後の堕ちた英雄に失望し、戦後の共産思想の影響を受けて家族が鬱陶しいものになったようだ。自覚はしていないようだが彼女の思想こそが共産主義の恐ろしさなのである。

家族は人間社会の最小単位だ。親子兄弟は上下関係の始まりである。アメリカでは兄弟に上下関係はない。能力で関係が出来る。親子でも上下関係ではなく師弟関係である。指導できない親に子は従わない。それも能力の問題とされる。日本では伝統的に親は子の指導をする義務を負っている。兄弟も年上のものが年下の指導をするように教育される。アメリカにはそうした伝統はない。

戦後の日本は自国の伝統を無視してアメリカ流をカッコいいと思う者が出てきた。しかし言語からして違うのが伝統というもので、言語は人間関係が重要な要素になっている。日本語では上下関係を表す言葉が最初からある。男女でも言葉が違う。男女の違いは言葉にも表されている。それは男女差別とは関係ない。違いがあるから違うのだ。男が使う言葉は断定的で強い調子だ。「そうだ」「違う」「良い」などだが、女言葉は優しい言い回しだ。「そうね」「違うわ」「いいわ」などだ。これが男女の違いなのだ。当然社会に対する役割も自ずと違うと考えてきたのが日本人なのだ。

ウーマンリブなどは女が無視され続けてきたアメリカだからこそ生まれた運動だ。なぜなら旧約聖書の世界では女は男の肋骨から生まれた存在だからだ。聖書を信じている敬虔なクリスチャンこそ女は男の一部という思想を持っているのだ。アメリカでDVが無くならず妻が夫に殺される事件が頻発するのは聖書を信じているからなのである。特に娼婦が数多く殺されるのはキリスト教国の特徴である。

アメリカでは伝統など高々数百年だ。男女の違いなどは無視されてきた。言葉に女言葉がないのも証拠の一つだ。女は回りくどい言い方をするだけだと言う。大人と子供の言葉にも違いはない。敬語は語尾にsirかmamをつけるだけだ。だから親子も友達のようになるのだ。親をファーストネームで呼ぶのも言葉に違いがないからである。親を尊敬している子はアメリカでもファーザーとかマザーあるいはダディーとかマームと呼ぶ。

日本のように2千年以上の歴史のある国はその伝統が民族の血の中に染み込んでいる。日本人は本人が好むと好まざるとに関わらずその伝統の中で生きている。親を名前で呼ぶ子は決して親を尊敬できない。親が指導者の権利も義務も放棄しているからだ。必ず親を軽蔑する日が来る。それが日本人の民族性というものだ。なぜなら子供が成人になったら社会に矯正されるからだ。上司を呼び捨てにする部下はいない。社会に矯正された子供は親を恨むことになる。もしくは悩むだろう。日本における社会人としては失格だからだ。それは親のせいだからである。

自分が日本人かどうかを知るにはチェックする方法がある。次の3点をチェックすると良い。

1自分専用の箸と茶碗を持っている。
2鳥居のあるところにゴミは捨てられない。
3親の名を呼び捨てにするのは気が引ける。

3つのうち一つでも違うことがあったら日本人としてはかなり劣化している。もし3つとも違っていなくて不思議だと思うなら歴史を勉強し直すことだ。自分が何者なのか。日本人とはどういう民族なのか。歴史を正しく勉強し直さなくてはわからないほど今の日本人は劣化している。

「原発反対」と「9条を守れ」は共産中国の戦略だ。

この記事は2年前のものだ。いよいよ台湾を併合しようとしている共産中国の動きを今一度注意喚起しておきたい。

「安全保障法制」を「戦争法制」と言い換えて「戦争に巻き込まれる!」と叫び続けた民主党や共産党の馬鹿騒ぎは、法案が通ってしまうと嘘のように鎮まっている。正に能天気な一国平和主義の馬鹿騒ぎだったわけだが、朝日が担ぐ能天気集団が真面目にバカをやっている間に、共産中国の軍事力による世界戦略は着々と進行している。

今や共産中国の領土的野心は、東南アジア共通の脅威になっている。アメリカは利己的になって何時逃げ出すかわからない。日本は戦争に巻き込まれるのではなく、良いように蹂躙されるだけだ。今の日本に戦争はできないからである。アメリカが弱腰になっていると共産中国は好き勝手をする。日本はアメリカを巻き込んでおかないと安全ではないのだ。そのことがわかっていない能天気が、国会周辺に駆けつけたという年寄りや主婦たちなのだ。扇動したマスコミや共産党、民主党はわかっていてそういうマヌケを利用した。ひょっとしたら民主党にはわかっていないボケが多いかもしれない。山本太郎などはもちろんわかっていない能天気の筆頭だろう。

1991年フィリピンのアメリカ空軍は1951年に締結した「米比相互防衛条約」の期限切れを迎え、ピナツボ火山の噴火被害もあってクラーク基地から撤退することにした。フィリピンも憲法を改正して外国軍の駐留を認めないことにしたため条約の延長はなかったのだ。1992年にはアメリカ海軍も撤退を決めた。クリントン政権も軍縮を実施していたからだ。

元々1951年は日米安保条約、米比相互防衛条約、米韓相互防衛条約、米華(台湾)相互防衛条約などのアジア圏における共産国家包囲網が敷かれた年である。仮想敵国はソ連であった。前年の朝鮮戦争がソ連の陰謀であったことが判っていたからだ。知らないのは日本国民だけだった。ソ連が崩壊し緊張が急速に緩和したのが1991年のことだ。

ところが1994年、新たな共産主義国中国が野心をむき出しにしてきた。フィリピンの大陸寄りの沖には無数の岩礁地帯があり、その一つ南沙諸島のミスチーフ環礁に共産中国軍がコンクリートの建物を建設して領有を主張したのだ。そして既にベトナムから奪っていた西沙諸島を含めて勝手に三沙市と命名したのである。

フィリピンは慌てて国際機関に共産中国の不法を訴えたが、遅きに失した。アメリカも対中政策の転換を余儀なくされた。フィリピンは1998年アメリカ軍の寄港を認める条約を結び、2001年には再びクラーク基地やスービック基地の利用を認める軍事協定を結んだ。しかしその後も共産中国は着々と岩礁に建築物を設置し、滑走路まで建設するようになった。

一方1968年に尖閣諸島を含む東シナ海の大陸棚に油田の可能性が発表されると、にわかに尖閣諸島領有を主張する国が出てきた。1970年、台湾が最初でついで共産中国が領有を主張をするようになったのだ。

尖閣諸島は1885年から日本政府が沖縄県当局を通じて、再三にわたり現地調査を行い,単に尖閣諸島が無人島であるだけでなく清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認した上で、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行って、正式に日本の領土に編入した。この行為は国際法上正当に領有権を取得するためのやり方(先占の法理)に合致している。尖閣諸島は1895年4月締結の下関条約第2条に基づき日本が清国から割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれない。

1996年9月15日、ニューヨークタイムズ紙はモンデール駐日大使の「米国は諸島の領有問題のいずれの側にもつかない。米軍は条約によって介入を強制されるものではない」という発言を伝え、10月20日には大使発言について「尖閣諸島の中国による奪取が、安保条約を発動させ米軍の介入を強制するものではないこと」を明らかにしたと報じた。

この発言は日本で動揺を起こし、慌てた米国はそれに対して尖閣は日米安保5条の適用範囲内であると表明した。米国政府は1996年以降、尖閣諸島は「領土権係争地」と認定した。その一方では、日本の施政下にある尖閣諸島が武力攻撃を受けた場合は、日米安保条約5条の適用の対象にはなると言明している。この見解はクリントン政権時の1996年米政府高官が示した見解と変わらないとされる。ブッシュ政権時の2004年3月には、エアリー国務省副報道官がこれに加え「従って安保条約は尖閣諸島に適用される」と発言し、それが今でも米政府関係者から繰り返されている。

ただし「安保条約5条の適用」は米国政府においても「憲法に従って」の条件付であって米軍出動は無制限ではないことから、「尖閣諸島でもし武力衝突が起きたなら初動対応として米軍が戦線に必ず共同対処する」とは記述されていない。むろん「出動しない」とも記述されてはいない。

2009年3月、オバマ政権は「尖閣諸島は沖縄返還以来、日本政府の施政下にある。日米安保条約は日本の施政下にある領域に適用される」とする見解を日本政府に伝えた。同時にアメリカ政府は尖閣諸島の領有権については当事者間の平和的な解決を期待するとして、領土権の主張の争いには関与しないという立場を強調している。

こういうアメリカの姿勢と日本政権の左傾化に勢いついたのか、2010年には尖閣諸島で領海侵犯をした共産中国の漁船が海上保安庁艦船に体当たりをするという事件が起きた。時の民主党政権は隠蔽を図ったが、ビデオが流出して発覚した。

共産中国の南シナ海戦略ははっきりしている。

日本にとってはシーレーンの封鎖に他ならない。アメリカもこの点にようやく気がついたか、今年(2015年)になって南シナ海に戦艦を派遣して共産中国の動きを牽制し始めた。日本が集団的自衛権の行使を宣言したからだ。安全法制はこのために成立されたものだ。共産中国の侵略性にはアメリカを巻き込んでおかないと日本のシーレーンは守れないのだ。石油を運ぶ海路が封鎖されるかもしれないのである。こういう共産中国の戦略を支援しているのが日本の共産主義者や社会主義であり、偏向マスコミなのだ。

「原発反対」と「9条を守れ」は共産中国の戦略を支援する対の運動なのである。

原発を廃止すれば石油で発電するしかない。その石油はシーレーンを使って運ばれる。そこを共産中国が抑えれば日本に圧力がかけられる。9条を守らせて戦争ができない国のままなら云うことを聞かせるのは簡単だ。能天気な善人が反対運動をしている限り喜ぶのは共産中国だと思い知ることだ。偏向マスコミは知っていて運動を煽っているのだ。日本の共産党や社会主義者は共産中国の犬なのである。

歴史を知らない愚かさ

数年前に別のブログに書いた記事だ。何度でも言う必要があると思うのでここに掲載する。

日本の左翼思想家は日本という国の体制を根底から変えたいと思っている。天皇家が日本に君臨しているなど、どうにも我慢がならないのだ。真面目な共産主義者は専制君主と立憲君主の区別などどうでも良いと思っているのだろう。いずれにしても君主などは殺してしまわないと共和制にはならないということは解っている。もちろん今の日本では難しいことも。だから熱心に天皇を貶めて、現在の国の体制を維持しようとする勢力を軍国主義者とレッテルを貼って、自分たちを平和の使徒のように正当化するのだ。大江健三郎などがその典型だろう。彼が旧帝国軍の悪行を書いたり言ったりするときには、それが事実かどうかなど問題にはしていない。悪いことをしたに違いないという論旨だからだ。それは天皇の軍隊だったという理由からだ。

真面目な共産主義者ではなくとも大学で共産主義にかぶれた団塊の世代は、天皇家を皆殺しにしようとは思わなくても共和制にはするべきだと思っている。権力者のすることに反対するのは美しいことだと思っている。憲法で戦争を放棄しているうちに革命が起きれば良いと思う共産主義者が言うことに疑問を持たないのも「戦争放棄」を美しいと思うからだ。戦争放棄を規定した憲法を改定するのは改悪だと思うのは「美しくない」からだろう。それが政治的にどういう意味を持つかには興味がないのだ。しかも「みんながそう思うならそうなのだろう」というポリシーの無さがこの年代の特徴だ。

軍隊の存在はそれだけで危険だ、原子力発電所もあるだけで危険極まりない、オスプレーも危険な軍用機だ、と危険性ばかりを唱え、必要性などは考えもしない。すっかり朝日新聞や毎日新聞の刷り込みに毒されて思考停止に陥った共産主義かぶれの集団が団塊の世代だ。

フランスもロシアも、皇帝一族や国王一族を皆殺しにして共和制になった。君主制の国が共和制になると言うことはそういうおぞましい事が必要なのだ。アメリカなどの最初から統治する形態がなかった国は共和制しか取れなかった。アメリカ人は根底では君主制に憧れているのだ。大統領選に熱狂するのも、イギリスに憧れるのもそのせいだ。元々白人種の理想はローマ帝国の政治形態なのである。

日本は2000年以上も前から君主制の国だ。しかも世界でただ一国古代国家がそのまま近代国家になった国だ。その間君主の家系は一度も他に取って代わられなかった。なぜか?

そもそもなぜ共和制などと言う政治形態が考え出されたかと言えば、専制君主が横暴を極め庶民の生殺与奪が専制君主に握られていた時代が長かったからだ。貴族政治が庶民の怨嗟を招いた結果、革命思想が誕生したのだ。共産主義や革命思想は貧困層の嫉妬と怨嗟がその原動力なのである。

日本でも平安時代までは貴族政治が続いた。庶民は虐げられて搾取に喘いだ。それを変えたのが武家の政治だった。武家も貴族の出だが、自ら開墾をし、武装して自衛をする勢力だった。貴族と違っていたのは自ら労働を惜しまなかった点だ。それが庶民にも受け入れられ、その後800年以上も続く政治形態になった。しかも君主という権威は武家の祖先という理由から守られたのだ。つまり日本の君主は庶民を虐げた暴君が少なかったと言うことだ。だから天皇家は一度も他に代わられることがなかったのだ。

日本という国に共産主義や共和制など言う思想や政治形態は最も似合わないのだ。現在の天皇家は常に国民の平和を祈願する存在で、自分たちのための権力など一切持たない。正に奇跡的な君主なのである。それは歴史上の事実が雄弁に物語っている。

現在の日本人は歴史上の事実をきちんと知らずに過ごしている。教育の欠陥だが、自らも書籍でしっかり学ぶべきだろう。日本だけの歴史ではなく、世界の歴史的事実の中で日本が何をしてきたかを知ることが重要だ。歴史とは物語だ。戦争もなぜ起きたかを知らなければ歴史に学ぶことすらできない。歴史に学ばなければ平和も安全もただの夢想に終わる。

今の日本は団塊の世代が絶滅しないと救われないと思う。思想的にもそうだが社会的な問題を起こすのも団塊の世代が圧倒的に多い。孫を甘やかし、金しか与えられないのもこの世代だ。歴史を知らない愚か者はボケる前に消えてなくなれと念じてやまない。

劣化に突き進む情けなさ

座間市で発覚した9人もの人を殺害した犯人の心情や動機は、不可思議と云われて犯罪学や犯罪心理学の学者を悩ましているという。そもそも推理小説などと違って現実の事件は短絡的な動機や感情的な暴走で起きることが多く、謎でも何でもない。しかし自己破滅的な犯罪は従来の人間心理学では説明できないものになってきている。

人間性や民族の劣化というのがこうした不可解犯罪の答えだ。人間も知性や理性が無くなれば野獣と同じ本能的な行動を取るようになる。しかも人間の本能は動物よりも始末が悪い。食うためではなく生き物を殺してみたくなったり、苦痛を与えて喜んだりするのが知性や理性が欠如した人間のすることなのだ。歴史的に支那人はそうした傾向がある。文化大革命で毛沢東に殺されたため、共産中国の一般市民には知識階級がいなくなった。市民の中には交通信号を守らず赤信号で道路を渡り車にひかれて死ぬものが多くいる。ほとんど知性を感じない姿だ。道端に人が倒れていても誰も声すらかけない。うっかり声をかけようものなら突然倒れていた者が襲ってきたり、仲間が寄ってきて身ぐるみ剥がされたりするからだ。支那人は昔から親戚や隣人を信じない。精々家族を信じる程度だ。なぜならそれだけ過酷な環境で生きながらえてきたからである。共産中国になってその過酷さは加速した。家族も密告することを強要された結果だ。文化大革命では子供が親を反動的人物として殴り殺した。そうした子供が今共産中国の中心的存在となっている。

日本人も日本的な礼節や知性、感性を失えば野獣にも劣る生き物になってしまう。その原因が戦後の日本人弱体化政策にあるのだ。しかも徐々に劣化するように巧妙に仕組まれている。その一つが祝祭日の改変だ。アメリカ占領軍は国民の祝日の意味を失わせるために従来の祝祭日を改変してきた。今日は「文化の日」だ。何を記念する日なのか訳がわからない。この日は戦前は誰もが知っていた「明治天皇生誕記念日」だ。だから国民の休日なのである。こうしたことが徐々にわからなくなっている日本人は確実に劣化しているのだ。

歴史に学ぶためにはまず自らの正しい歴史を知らねばならない。民度の劣化を防ぐためには歴史を正確に知ることから始めなければなならない。戦後の歴史教育は嘘だらけなのである。少しでも共産主義的傾向のある人間が記録している歴史は信用できるものではない。書物も選ばなければ正しい知識は得られないと知るべきだ。

日本人の劣化2

路上に無人の自動販売機が常にある光景は日本だけだと云う。他国では例外なく壊されるか盗まれるので置くことができない。日本人の民度の高さを象徴する話だが、もっと凄いのが田舎にある無人の野菜販売所だ。

日本では農家の道路側出入り口や畑の道路上に無人で野菜を売っていることがある。欲しい人は野菜の代金を置いてある代金箱に入れていくのが決まりだ。大抵100円均一である。これなどは外国人が見たら奇跡だと思うに違いない。日本が神の国と言われる所以である。

日本人のこうした善行は江戸時代に培われた。言行不一致が世界では常識ともなっているが、江戸時代の武士道は言行一致を旨とした。その文化は武士だけでなく庶民にも広く浸透して、商人なども正札と称する適正価格で売ることを常としていた。日本で値札を値切って買わないのは戦前までは常識だったのだ。だから安売りは半端物や不揃い品、中古品などに限られていた。

戦後は日本人の劣化が始まった。GHQの策謀が根底にあったことは事実だが、日本人自らが自分たち自身を貶めてきたのだ。主犯は日本人の共産主義者である。教師やマスコミ、役人に入り込んだ共産主義者が日本を共和制にするために、戦前の日本を暗黒時代だったかのように貶め、現行体制を批判して日本という国を共産主義国に売る働きをしたのだ。その状況を易々と受け入れてきた愚かな日本人も多く存在する。特に団塊の世代は罪が重い。

昨今のニュースで日本人の劣化が散見されるようになって久しい。子供を虐待して殺してしまう母親や継父などはその典型だ。戦後教育で個人の権利を主張することだけを教えられ、義務を忘れて個人の欲望に走る日本人の劣化した姿である。戦後はアメリカに倣って、自己主張をすることが善とされ、他のために自己を犠牲するなど愚かなことだと教えられてきた子供が多い。そんな子は大人になって欲望のためにだけ生きるようになった。金が一番という価値観も平然と口にするようになった。誰でもいいから殺したいなどと言いながら本当に殺してしまう不可思議な若者も出る始末だ。

また、震災の被災地で弱みに付け込んだ土地家屋の高騰や、空き巣が増えたりしたのも劣化の現れだ。言行不一致の政治家やマスコミの卑怯な偏向報道なども劣化の最たるものである。報道を生業とする新聞社が紙面を使って政治活動を平然と行い、捏造記事まで掲載するに至っては言語道断である。朝日、毎日、東京と地方の各新聞社は三流のゴシップ誌となんら変わらない劣化を起こしているのだ。しかもそれを今でも一流と思っている団塊の世代などが後押ししている為体だ。

安売りを売り物にしているスーパーチェーンなどは、適正価格とは何かをすっかり忘れている。そこで売られている製品のメーカーも、適正な小売価格を設定できないといういい加減さがある。そして人件費の安い国で生産した物を持ってきて安くするという新たな植民地政策的なメーカさえ多い。日本人もそれらが当たり前のように感じてしまっている。

最近のニュースで農家の無人野菜販売所に監視カメラが設置されていて、代金を払わずに野菜を持っていった人物の写真が張り出されているというものがあった。ついにここまで落ちたかという思いである。小学6年生に透明人間になったら何がしたいかと聞いたら、殺人や盗みと答えた者がいたというニュースを聞いた時と同じ殺伐とした思いがある。

1日も早く学校教育を戦前のレベルにしなければ我が国の人心の劣化は食い止められない。そのためにも憲法を改正するべきである。もっと義務を強調したものにすべきだ。国を守る義務や公共の福祉のための自己犠牲も加えるべきである。刑法にも禁固刑や罰金刑などより奉仕活動の義務を入れるべきだ。金を払えば服役を免れるなどは全く不要なものである。罰金よりも奉仕活動をさせるべきだ。この辺りだけはキリスト教国に倣っても良いと思う。

江戸時代に見習え

この記事は去年別のBlogに投稿したものだが、再掲することにした

江戸時代は支配階級の武士が質素を旨として、権力に富はつながっていなかった。現代の時代劇に登場する悪代官や悪徳商人の越後屋はフィクションでしかない。武士が金儲けに奔走したことなどないのだ。物質的豊かさは決して人間の真の幸福感には繋がらないと日本人は考えてきた。なぜなら際限がないからだ。武士階級は精神的な豊かさを追求していた。支配階級だけではない。庶民にも豊かさに対する欲望より粋や伝統や人情を重んじていた。金持ちが尊敬されたり妬まれたりすることなど決してなかったのだ。儒教の影響もあってのことだ。
西洋の価値観は物質面に偏りすぎている。物質的進化は人間の退化を生んできた。車は運動不足を生み、飽食は肥満を生み不健康を招き、コンピュータは物忘れを招く。パソコンやスマホで調べ物や文章を書いていれば漢字が書けなくなる。
人間にとっての究極の幸福感は生き甲斐や使命感の達成にある。人間はたかだか数十年しか生きられない。その間にどんなに美味なものを食おうと、どんなに楽をしようと、どんなに着飾ろうと、人の役には立たないし、自己満足だけで終わってしまう。
人間は諸動物と違ってただ生きて、命を繋いでいくことだけが目的で生まれてきたわけではない。人間だけが生まれてきた目的、すなわち生き甲斐を自分で見出せる存在だ。人それぞれ目的は違っているかもしれない。ただ食うために生きている者もいるだろう。着飾るために生きている者もいていい。だが全ての人間が食うためや着飾るために生きていては人間の真の進化はないだろう。
西洋人は、精神文化は物質的豊かさに裏付けされて初めてなるものだと考えてきた。だから文化は貴族が作ってきたのだ。しかし日本だけは違っていた。武家が支配者階級になってからは文化は庶民からも生まれている。それが可能だったのは日本という国が2000年もの間、同じ文化文明を維持してきたからなのである。
西洋の文化文明は数百年単位で変わってきた。故に豊かさは物質的なものに偏ったのだ。なぜなら支配者が変わるたびに以前の文化文明は破壊されてきたからだ。一から作り出すためには物質的な豊かさがまず必要だった。だから富は権力者に偏った。それが権力者と被支配者との対立を生んだ。革命思想はそこから生まれてきた。
しかし日本には支配者と被支配者という対立は無いに等しい。貴族が支配階級だった時代は西洋とたいして変わらないが、武家が支配者になった時代からは支配者に富が偏ることがなかった。だから革命思想など生まれなかったのである。
江戸時代以前が暗黒の時代だったなどと共産主義者がする歴史解釈は捏造以外の何物でもない。時代劇の作り方も現代の価値観で作っているから権力者が金儲けに走るのは当然のように描くが、江戸時代の武家は儒教の影響で金銭を穢れた物として忌み嫌っていたのだ。給料を米で払っていたのもその表れだ。貧しくなると商家から借金をしていた。商家は税金を取られなかったので裕福だったのだ。支配者階級が庶民から借金をしていた国など日本以外にはない。支配者階級が質素を美徳としていたため庶民に不満はなかった。これが支配階級の資質というものなのだ。だから300年間も平和が続いたのである。
現代の日本文化のほとんどは江戸時代に完成しているものばかりである。伝統を重んじ、粋を追求し、世界の芸術家や好事家を魅了する美を残している。技術も世界的なものを残してきた。ほとんどが庶民から生まれたものだ。
労働を疎まず勤勉に働く日本人は江戸時代に形成されてきた。日本は昔から労働者の国なのだ。今もほとんどの人々がサラリーマンではないか。西洋のキリスト教的原罪思想では勤勉さなど生まれない。日本人は仕事が生き甲斐だ。休みなど時々でいい。
額に汗して働かないものが支配している西洋と違って、日本は世界に誇れる格差のない社会を形成しているのだ。今更労働者革命など何の必要があろうか。欲望のみを追求する西洋の価値観など日本人には無用である。
戦後のアメリカ的価値観など捨ててしまえと言いたい。江戸時代に見習うべきである。

最近都心に久し振りに出て、初めて行く場所をスマホで調べた。スマホのナビアプリはとにかく便利だ。車でもナビで案内してもらえば迷うことが無い。しかし地図を見ながら道順を覚えたり、辞書を引きながら漢字や言葉の意味などを覚えた時代と違って、覚えなくても済むので脳は明らかに退化している。それが進歩、進化だろうかとふと思う。

日本という唯一無二の国

我が国は世界で唯一、2600年以上も君主の家系が途切れることなく続いている古代国家である。故に、その文化はどこにもない、どことも似ていない無二のものである。

第122代明治天皇が即位(1868年)して真っ先に行ったのは、香川県坂出市青海町にある白峰稜(崇徳天皇陵)に勅使を送ったことである。第75代崇徳天皇は1164年に崩御している。なんと700年も前に崩御した先祖の供養をしたのだ。

戦後の日本人は自国の歴史をまともに教えて貰っていない。従って、なぜ明治天皇が700年も前に亡くなった祖先の供養をしたのか知るものは少ない。ちなみに100年後の第124代昭和天皇も東京オリンピックの年(1964年)に崇徳天皇の供養をしているのも知らないだろう。

案外若い世代は崇徳天皇が日本の大魔王と言われていることをコミックやPCゲームなどで知っているかも知れない。夢枕獏の小説「陰陽師」にも大魔王・崇徳上皇が登場する。おそらく歴史ファンタジーの世界の話として知っているのだろうと思うが、嘘八百の韓国式歴史ファンタジーはともかく、崇徳大魔王の話は歴史的事実に基づいているのだ。

1156年後白河天皇と崇徳上皇の権力争いによる内乱が起きた。保元の乱である。原因は複雑であった。天皇家内部の権力争いと朝臣藤原家の対立に、武家の平氏や源氏の対立が絡まって起きた内乱である。乱は崇徳側が敗北し上皇は讃岐(今の香川県)に流罪となった。天皇が流刑になったのは400年振り、上皇側の武士が死刑になっているが、300年振りのことであった。

讃岐で上皇は仏教に帰依し、自分の血で160巻もの写経をして、戦死者の供養と乱を起こした反省を込めて寺に納めてくれるよう京へ送った。ところが後白河は呪いが込められているかも知れないとこれを拒否して送り返した。上皇はこれに激怒して舌をかみ切り、流れた血で、
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし民を皇となさん」「この経を魔道に回向す」と写経に書き込んで憤死したと謂われている。

しかし上皇が呪いをかけて憤死したという話は後の創作である可能性が高い。なぜなら、崇徳上皇の死が意識されるようになったのは20年後の1176年になってからだからである。

1176年建春門院、高松院、九条院が若くして相次いで亡くなり、翌1177年には延暦寺の強訴、安元の大火、鹿ヶ谷の陰謀という事件・動乱が次々に起こって、都では上皇の怨霊の祟りではないかと云われるようになったのだ。平安時代の貴族は天変地異が怨霊の仕業であると信じていた。当時の公家・吉田経房の日記「吉記」に、藤原教長が崇徳院と藤原頼長の悪霊を神霊として祀るべきと主張していたことが記されている。呪いのことも記されているのだ。

後白河天皇は教長の主張などに追い詰められ、1184年上皇を罪人とした保元の宣命を破却して、それまで讃岐院と呼ばれていた上皇を崇徳院と改め、頼長には正一位太政大臣が追贈された。これで崇徳院の怨霊は鎮まったかに思えたが、すでに武家による政治は目の前に迫っていた。つまり臣下である頼朝が権力を掌握し天皇親政から武家による幕府政治へ世の中は移っていったのだ。

平安貴族たちにとって臣下である武家が政治を司るという悪夢が始まって、これは怨霊の仕業に違いないと確信したのだ。それ以来崇徳上皇の怨霊は日本史上で最大の怨霊となったのである。少なくとも日本の貴族にとってその後の700年間は悪夢だったと云うことだ。

1867年徳川慶喜が大政奉還をした際には「保元・平治の乱以後武家に政権が移って以来、天皇の寵愛を頂いて政権を守って参りましたが、国難を招きましたことは私の不徳の致すところであります。ここに謹んで政権をお返しいたします。」と書いている。

慶喜が大政奉還をしなかったら、日本中で内乱になっていたに違いない。そうなれば外国の介入を招き日本は間違いなく外国の植民地になっていた。日本人が歴史を正しく認識し、海外の侵略から日本を守るために、日本本来の政治体制に戻すことが最善だと当時の日本人は考えたのだ。

従って、明治天皇は天皇親政が復権したことを崇徳院に報告し、今後は守り神として日本を守ってくださいとお祈りしたのである。そして天皇が独裁するのではなく、全ては公論で決めることや身分の上下を廃して、正しい政治をすることを祖先に誓ったのである。それが5箇条の御誓文である。ちなみに、それまで貴族の行列には庶民は土下座をしなければならなかったが、明治天皇は土下座令を廃している。

在日外国人の参政権

以下の文章は8年も前に投稿したものである。何度でも言わないとすぐに忘れる日本人は多いのでまた掲載することにした。衆院選挙がまたある。在日外国人に参政権を与えようとする政党や議員候補者に投票することは日本を危うくすることだと知らなければならない。

在日外国人に参政権を与えることがどうして問題なのか、今の日本人には分からなくなっているらしい。

この問題は戦前までの日本人なら考えもしなかった問題だろう。外国人に参政権を与えるなどあってはならない問題外のことからである。そして今でもそれは問題外のことなのである。

なぜ日本に住んでいる外国籍の人間に参政権を与えてはならないのか。簡単に云うと参政権とは国籍を持つ者に与えられるものだからである。従って日本に住んで日本国籍を取得した外国生まれの人には当然与えられる。

そもそも日本に帰化しない外国籍の人が日本の参政権など欲しがるはずがない。なぜならその人は日本のためではなく自国のために参政権を行使したいと思うだろうからだ。参政権はあくまで自分の国のために行使するものだから、自国に住んでいるからと言って外国人に与える国などないのだ。

ならばなぜ日本で外国籍の人間に参政権を与えようなどと云う問題が起きているのか。

在日外国人とは在日朝鮮人のことだからである。在日朝鮮人とは日本の敗戦時日本に在住していて、敗戦後朝鮮には帰国しなかった人々で未だに日本に帰化していない人々のことだ。1世の在日朝鮮人たちは日本に帰化する気はない。日本人になるとご先祖に申し訳がないという人も多いという。しかし生まれ故郷に帰ろうという気はないのだ。

在日朝鮮人参政権問題を支援している人々がよく言う理由がいくつかある。

1.在日朝鮮人は強制的に連行されてきた人々だから彼らの権利を認めなければならない。
2.帰化できないのは差別を受けてきたからで彼らの責任ではない。
3.最高裁の判決傍証で法律を作ることは認められた。

1番目は悪質なデマである。
強制的に徴用された朝鮮人(当時は日本人)がいたことは事実かも知れないが、敗戦後の日本はGHQの命令で、日本に在住していた朝鮮人たちを無償で帰国させているのだ。昭和10年に62万人いた朝鮮人たちは出稼ぎや密入国の結果であった。そして終戦直後には230万人になっていた朝鮮人たちの人口が、帰国政策で65万人に減っているのである。

つまり帰りたい者は皆帰国しているのだ。しかも無償で、である。残った者は自由意志で残った。一番の理由は朝鮮での身分的差別である。

日韓併合時代以前から朝鮮からの日本密入国は両国の問題だった。とにかく経済事情が違いすぎた。李氏朝鮮は日韓併合以前、世界でも希な貧民国だったのである。しかも長く貴族政治が続いたせいで身分制度が苛烈を極めた。最下層民は家畜同然の生活をしていたのだ。そこから逃げ出すことが日本への密入国につながった。今でも脱北者がいることとさほど変わりはないのである。

朝鮮戦争が始まって帰れなくなったのだという者もいるそうだが、GHQの強制帰国政策は朝鮮戦争以前の話だから理由にならない。

2番目は帰化しない朝鮮人たちの言い訳だろう。
差別はあったかもしれない。出稼ぎか密入国者が大半だったわけだから、日本人にとってはじゃまな存在だったに違いないからである。敗戦後は愚連隊などと称して暴れ回った朝鮮人も多かったため反感を買っている。しかし帰化すれば晴れて日本人になれるのだから帰化しない理由は一つしかない。その方が得だったからである。在日特権といわれる数々の優遇措置が彼らを朝鮮人のままでいさせるのだ。

3番目はご都合主義的な解釈でしかない。在日朝鮮人の参政権訴訟は最高裁で違憲判決が出ている。傍証は裁判官の個人的意見で、しかも判決に矛盾するものだ。

こんなにはっきりしている在日朝鮮人の参政権の問題を、なぜ公明党や民主党が支援しようとしているのか。

公明党と民主党では少し事情が違う。

公明党の場合は在日朝鮮人の中の創価学会員のためであろう。宗教集団には国籍などほとんどどうでも良いからだ。国籍に関係なく学会員なら同胞だからである。

民主党の場合は旧社会党や朝鮮系の議員が多いからだ。彼らにとっては在日朝鮮人こそ同胞だからである。

マスコミがほとんど報道しないこれらの事実を忘れてはならない。日本が在日外国人に乗っ取られる日が来るかもしれないのだ。軽々しく公明党や民主党の言い分を聞いていては日本人は日本人でなくなってしまうかもしれないのである。

光秀の謀反

最近、明智光秀が信長を襲った10日後に、反信長勢力の諸侯に宛てた直筆の手紙が発見されたそうだ。その内容は15代足利将軍の擁立に与するようにというものだったという。

光秀の信長暗殺の目的は足利幕府の再興だったわけだ。

信長が光秀をいじめたことが光秀謀反の原因だったなどと後世の人間は考えたが、江戸時代の小瀬甫庵が書いた「信長記」という小説がその元である。「桶狭間の戦い」も奇襲だったというのは甫庵の創作で、実際は信長に仕えていた太田牛一が書き残した「信長公記」に詳しい。信長は2千の部下を引き連れて正面から2万以上の今川軍に突撃したと牛一は書き残している。しかも今川軍は桶狭間山の尾根で休息中だったので、信長軍は山を駆け上がって攻めたという。突然の豪雨があったのは本当らしい。

後世の人間はその後の信長の戦を知っている。10倍の敵陣めがけて真正面から突撃するなど無謀な戦を信長がするはずはないと考えた。だから甫庵の書いた小説のほうが信じられてきたのだ。光秀に関しても、信長家臣の一番出世だったのに謀反を起こしたのは遺恨があったに違いないと考えた。甫庵が考えた信長の光秀いじめはそういう大衆の心理に大受けした。

歴史というものは後世の人間が信じ易いことを唱えた者が改変していくことが儘ある。為政者が意図的に改変することももちろん多いが、信じ難い偶然や運が良かっただけの結果があるものだ。戦なども勝てるはずの側が常に勝つとは限らないのが歴史である。

光秀の謀反もおそらくは朝廷が動いて信長の野望を阻止したものだと思う。朝廷は官位を一切受けなかった信長に危機感を抱いていたに違いないからだ。信長が少数の伴づれで京都に入った理由も朝廷の招きだったという説がある。

当時の信長はほぼ天下統一を果たして絶対権威になろうとしていた節がある。権威の中でも「暦」に関する決定権は朝廷にしかないのだが、その専権を信長は冒そうとしていた。信長の専横を甘んじて受けていた朝廷も最後の専権まで奪われそうになって反旗を翻したに違いない。光秀が選ばれたのも、元々勤皇でもあり足利将軍家の家臣でもあったからだ。私怨で謀反を起こしたわけではなかったというのが本当のところだろう。

しかし朝廷のそうした動きは秘匿されて表には決して出てこない。従って謎のままなのだ。

それにしても下剋上が常識的に通用していた戦国時代に、光秀の信長暗殺は裏切りと言われている。当時はどうか知らないが、後世の人間は信長の権威を認めて来たということだろう。