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059月/18

敗戦後の裏切り者

日本がアメリカとの戦争で負けた後、日本は7年間アメリカ軍に占領統治された。その期間は日本人に一切の自由も権限もなかった。何事もマッカーサーが率いるGHQが決めたからだ。言論の自由も、憲法を改正する権限も、教育の自由も何もかも日本人には一切無かったのである。米兵の犯罪も隠されて日本人には全く知らされもしなかった。特に強姦事件が多かったのは特筆すべき事だろう。事件の隠蔽に協力したのがNHKであり朝日や毎日の新聞社だったのだ。

言論統制で最も厳しかったものが戦前の日本の立場を肯定する言論の禁止だった。歴史に関するものも皇室を肯定するものは禁止された。戦前の日本の立場を正しく著した書籍は悉く集められ焼かれてしまった。それにも数多くの日本人がバイトとして協力した。戦争に負けた日本人の中には奴隷に成り下がった者がいたと言うことだ。集められて燃やされた書籍その数7000冊。本当の戦争の原因などを解説した書籍などが燃やされて、戦後の日本人は正しい歴史に触れることができなくなってしまったのだ。

学者も選別され日本の立場を肯定する学者は排除された。簡単に言うと古事記、日本書紀を肯定する学者は公職を追放された。つまり自分の国の歴史を普通に教えていた学者は首になり、その後路頭に迷うことになったのである。年金さえもらえなくなったのだ。大学だけでなく地方の小・中学校の教職員さえ追放された。その数5千人、追放されるまでもなく嘘の教育をさせられることを拒否した11万6千人が自ら辞職している。公職追放を推進したのが、共産主義者や卑怯な迎合をした密告者達だった。密告者に告げ口をされればすぐに職を失う。さもしい連中は嘘の教育を次第に喜んで行うようになった。

まともな教育者の代わりに、日本の皇室を否定し日本の歴史を否定する者や、共産革命を目指して活動していた共産主義者や、職を奪われることを恐れた卑怯な転向学者がその地位に就くことになった。この時から日本の学者は、祖国を否定して亡国を目指すようなゆがんだ者たちの集まりとなったのである。特に歴史学者は人間性を失った卑怯者や、祖国を裏切った者たちの集まりとなった。他の学者達も、まともな者たちは追放されたために二流・三流の集まりとなってしまった。

これら転向学者は共産革命が起きれば必ず起きるであろう凄惨な旧体制派の処刑を恐れたのだ。ロシア革命ではロマノフ王家は女子供を含めて皆殺しになった。旧体制派の役人や学者も悉く殺された。昭和20年代初期はまさに革命前夜だと思われていたのだ。

GHQは教職員達に労働組合を組織させ、日本人を子供の時から祖国を誇れないような国民になるよう教育することにした。その片棒を担いだ代表者が共産主義者の羽仁五郎である。日教組の代表としてソ連や共産中国の援助を受け日本民族を滅ぼす活動を営々と行ったのだ。アメリカ軍は日本人を戦争で皆殺しにはできなかった。その代わり時間をかけて死んだも同然にしようとしたのである。日本人は白人種に公然と逆らった唯一の有色人種だったからである。アメリカは白人至上主義で人種差別の国なのだ。

そんなアメリカに好まれた二流三龍の学者たちとは東大総長・南原繁矢内原忠雄、法政大学総長の大内兵衛、京大総長の滝川幸辰、一橋学長の都留重人などである。戦後に転向した卑怯極まりない学者は、家永三郎石母田正井上光貞丸山真男などだ。歴史学者では和辻哲郎白鳥庫吉江上波夫田中卓井上光貞直木孝次郎古田武彦上田正昭などが祖国の正しい歴史を命惜しさにねじ曲げ、今日の反日勢力の元を作ったのである。

まともな学者の教職追放のせいで終戦直後に東大教授になった三流学者の典型が東大法医学部教授の古畑種基だろう。古畑が鑑定を行った殺人事件のうち、弘前事件(判決:懲役15年)、財田川事件(判決:死刑)、松山事件(判決:死刑)、島田事件(判決:死刑)には鑑定に問題があり、実際には冤罪だった。これらのいずれの事件も後に再審で判決が覆されて無罪が言い渡されている。国鉄総裁下山事件の際も古畑は死後轢断と判定して、慶応大学の生前轢断判定と真っ向から対立した。推理作家の松本清張も古畑の判定を採用してGHQの陰謀であると推理しているが、慶応大学の判定が正しければ自殺の可能性が高い。

また東大病理学教授の緒方知三郎も三流以下のとんでもない人物だ。唾液腺ホルモンなどというありもしないものを発見したとして、骨の生成や若返りの効果があると言ったので、厚生省が効果を認めていた。ところが緒方が死んでから、効果なしとして認定が取り消されたという代物なのである。緒方はかの有名な緒方洪庵の孫なのだが、東大教授の肩書きがものを言っていたのだ。これらの三流以下の学者達は戦前なら決して教授になどなれる器ではなかった。

それら裏切り者達の同類や弟子が今日でも日本の学会を牛耳り、日本人の品格を損なっている。法政大学の政治学者だという山口二郎などは品格を損なった代表のような存在だ。学者である前に人間として品がない。

もちろん日本の知識層がこういう為体だったわけだから文化自体も偽物や三流どころが幅をきかせた。歴史小説で国民的人気を博した司馬遼太郎の歴史観も、戦後の日本建国の歴史否定の影響を受けてねじ曲がったものである。また彼の小説も歴史的事実とはかけ離れたもので、人気があるだけに事実誤認の元となっている。

アメリカとの戦争を戦ったのは明治末期から大正生まれの人々が主体であった。戦死した人々はほとんどが己の信念に従って死んでいった。戦後の復興も信念を持った大正生まれの人々の努力のお陰だと思う。生き残った人々のうち信念を持たない者達や命惜しさに信念どころか魂まで捨て去った者達は、何を誇りに生きてきたのだろうか。情けない限りである。

私の父は大正8年生まれの陸軍士官学校出身の陸軍少尉として対英米戦争に参戦している。赴任地は満州の関東軍であった。昭和16年から4年間、満州国は中立国だったために戦闘らしい戦闘も経験せず、終戦間際にインドシナに単身赴任して敗戦となり、戻ってきたイギリス軍の捕虜になったという。本国から武装解除の指令を受けて武装解除を自ら行っているから負けた気もしなかったという。しかしその後部下の中にはゲリラになって独立戦争を戦うべきだという者がいたそうだ。インドシナを白人種の植民地から解放したという思いが強かった証拠だろう。共産軍と合流しても良いという部下もいたという。しかし父は部下達をなだめて本国に帰らせることに腐心したと回顧録に書いている。ところが帰国してみると軍部が解体され仕事もなく、炭鉱で石炭掘りをする重労働しかなかった。そこに労働組合ができて政治闘争が活発化した。後の社会党委員長成田知巳と一緒に活動したこともあったそうだ。士官学校を出た軍人ですら、敗戦後の日本で信念を貫くのは難しかったようである。それでも父は朝鮮戦争後再び軍備が必要とされたので自衛隊に入った。一時とはいえ労働運動をしていたせいで出世は望めなかった。自衛隊での父は小説ばかり読んでいる暇なオヤジだったようだ。それでも自分の半生を回顧録に残してくれた。少なくとも父は裏切り者では無かったようである。

318月/18

自虐史観の哀れさ

テリー伊藤というタレントがいる。以前は馬鹿げたTV番組のディレクターだったらしい。プロ野球巨人軍のファンでも有名のようだ。しかしこの男の人間性に首をかしげたくなるようなことがあった。

2018年8月26日の巨人阪神戦、8対3で勝っていた8回に、中継ぎか抑えで登板した沢村が乱調で逆転のきっかけを作り、結局逆転負けした試合の翌日のことである。テリー伊藤は「沢村はよく巨人軍のユニフォーム着ていられるよなあ」とか「何度も崖から飛び込んで死んでくれよ」などとラジオで言っていたのだ。この男本当に巨人のファンなのだろうかと思った。

巨人のファンには巨人が好きというのではなく「勝つチーム」が好きという輩が多いのが実情だ。自分が応援するチームは常に勝つチームだという一種の優越感を持ちたい連中なのだ。おそらくテリー伊藤もそういう輩なのだ思う。別に巨人というチームが好きなのではないのだ。自分が応援するチームは必ず勝つという優越感を持ちたいのだろう。だからヘマをした選手に平気で「死ね!」などと暴言が吐けるのだ。

阪神ファンは少し異質だが、広島や横浜のファンは勝っても負けても贔屓のチームを応援する本当のファンであることが多い。巨人ファンはどうもうさんくさい。テリー伊藤などは野球が好きとは思えない。

そのテリー伊藤は自虐史観の持ち主でもある。北朝鮮の拉致被害者問題に関するTV討論会か何かで「北朝鮮は被害者意識があるんだから一方的に加害者として糾弾しても無理がある」としたり顔で言ったそうだ。北朝鮮が被害者意識でいるというのは政治的戦略としてそういう立場を主張しているだけで実際の被害者なのではない。一方拉致問題は金正日が白状したように北朝鮮はれっきとした加害者である。なにをもってテリー伊藤は北朝鮮の戦略的立場を擁護するのか、この男の無見識さに呆れる。

日本は朝鮮を植民地にしたことなどない。まして侵略してもいない。秀吉の話がよく出るが、秀吉軍は朝鮮半島を通っただけだ。そもそも朝鮮半島は何もない土地だから植民地にもできないし侵略する意味もない。国防的には独立国でいてくれれば良かっただけである。それが日清・日露の戦争の目的でもあった。朝鮮は自立独立ができなかったのである。

日韓併合は未開の国朝鮮を近代化するために日本が苦労して金をつぎ込んだ期間のことを言うのだ。併合36年間で餓死者がなくなり、人口は倍以上になった。焼き畑農業しか知らなかった朝鮮人に稲作を教えてやったからである。焼き畑でハゲ山になった山々にも植林という事業を教えてやった。道も作った。糞も小便も垂れ流していたので下水道を作ってやった。鉄道を敷き、ダムを造った。1000年間未開のままだった国がまがりなりにも国らしくなったのはこの期間があったからだ。病院も学校もほとんどなかったのだ。国民の8割が文盲だった。ハングルを正式に国語にしたのもこの期間からだ。それまでは漢字が国語だったのだ。その証拠にハングルで書かれた古典や学術書などは皆無だ。そう言うと「ある」と言って出してくる書物は日記か手記の類いだそうだ。

ハングルだけでは書籍がないので日本語も教科書では併記して教えた。だからそのときに教育を受けた朝鮮人は日本語ができて日本の学術書で勉強することができたのである。それまでなぜハングルが普及しなかったかというと、ハングルは4世「世宗」が国民のために作ってやったのだが、女子供の文字ということで蔑まれてきたからなのだ。

戦後は日本が投資した施設や資産を食い潰して韓国も北朝鮮も発展できた。日本はそれら国民の財産を回収することもできず要求もせず、更に泥棒に追い銭を与える行為をして、只ひたすら戦争に負けたための負け犬に成り下がってきたのだ。朝鮮人が被害者だと言っているのは完全に戦略的なデマなのである。

そういうデマを盲信している自虐史観の持ち主は日本人としての誇りも持てない哀れな人種である。だからファンであるはずのチームの選手に、失敗したからといって「死ね!」などと言うのだろう。