国民と国家

左翼思想に感化された者は国民と国家は対峙するものと思い込んでいる。憲法は国家権力を監視するためのものと錯覚しているのもそうした輩だ。そういうデマを吹き込んだのが共産主義者である。

共産革命は現行体制を転覆させなければ実現できない。日本でいえば皇族を排して自由主義者を一掃しなければ無理な話だ。国民の思想を共産革命に近づけるためには現行体制への批判が不可欠だ。考え出したのが国家権力は必ず暴走するという仮説だ。だから国民は監視しなければならいという図式を描いた。

日本の左翼野党は政権を取れないので権力者は常に腐敗し暴走すると言って憚らないのだ。確かに民主党政権では腐敗や暴走は目立った。日頃から権力者はそういうものだと思っていたからだろう。共産党などは決して政権は取れないと解っているから国民と政府は対峙したものだと言いつのるのだ。

しかしよく考えるが良い。共産党独裁などの政権は国民が選べないので暴走は止められないが、民主主義国家は政府の暴走は選挙で止めることが出来る。民主党政権の無能無策を、3年かかったものの選挙で止めさせたのを忘れたか。

国民国家とは国民が政府を選挙で選び権力を与えるシステムを言う。当然国家そのものを守るのも国民である。軍隊は徴兵制が当然のシステムだ。自分たちが守るのだから順番に兵役に就くのが必然である。国家権力が徴兵制を採るのではない。国民が選択するのだ。兵役を拒否する者には苦役を与えるのが平等な考え方である。守られているのに自分は守らないというのは身勝手だからだ。

憲法は全ての国民が守るべきものの基本である。国家権力を監視するものだという考えはデマである。昨今の野党議員などは当然のように憲法は国家権力の監視をするものだと言って憚らないが全くのデマである。

小沢隆一という憲法学者が「憲法とは国家権力を制限するもの」と言いだしたのか、TVでそう言ったらしい。それが近代の憲法学の主流とも言ったそうだ。どうやらフランス革命の際にそれまでの王や教会などの権力者の代わりに市民が憲法を作り、たとえ復権しても濫用はさせないと言ったことが起源らしい。

浅はかなことに、近代という昔のヨーロッパ市民革命時の宣言を現代の日本に当てはめようという姑息な理屈だ。この男は憲法改正に反対しているのだ。日本の憲法に道徳観などと言う日本的価値観は不要などと御託を並べている。しかも国民には憲法を守る義務はないとまで言っているのだ。すると納税の義務までなくなってしまう。馬鹿とはこういう学者のことを言うのではないか。

国民と国が守るべき憲法をアメリカ軍の占領下で改変させられたのが現日本国憲法である。国民の意思を反映していない占領憲法だ。だから国民の意思で作り変えなければならないのだ。その結果現在のものと変わらなければそれはそれでよい。

日本は明治維新で国民国家になった。国民が議員を選び議員の中から行政の長を選ぶ議院内閣制を取っている。任命権は君主である天皇にある。しかし天皇に選択権はない。行政の責任は政府が担う。こういう国家体制が立憲君主制なのだ。

憲法が国家権力を監視するものだという考えは、共産主義者が国家と国民を対峙するものというプロパガンダを仕掛けた結果の洗脳である。日本の国家と国民は遙か昔から一体のものだ。国家があって国民が存在しうる。国家がなければただの流浪の民だ。2000年間国家を持たなかったユダヤ人の例がそれである。

そもそも日本という国は統治者と民が一体化していた国である。神代の時代からそれぞれには役割というものがあるという考えがあり、統治者には統治者の、民には民の役割を分担してきた。男女にもそれぞれに役割分担があるという考えが神話にも表れており、子育てや生き方に生かされてきた。日本人は昔から共生してきたのだ。

西洋ではルネッサンス以後、個人主義が重要視されるようになり、集団や国家などに対峙するものと認識されるようになって、明治以降日本にも流入してきた考え方であるが、日本的な考え方と相容れないところがある。戦後は極端に個人主義がはびこり、利己主義的に走る傾向さえある。GHQと共産主義者は日本的な価値観を崩すものとして個人主義的な考えを推進するようになって久しい。

間違ってはならない。国民と国家は対峙するものではないのだ。一体のものなのである。憲法は国民が守らなければならない基本的なことを文章化したものなのだ。英国などは当たり前のこととして文章化すらしていない。

日本の憲法としてふさわしいものは「五箇条の御誓文」ではないかと思っている。前文としても良い。今のものより余程ましである。

一. 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ

一. 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ

一. 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マザラシメン事ヲ要ス

一. 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ

一. 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基 ヲ振起スベシ

我国未曾有ノ改革ヲ為ントシ、朕躬ヲ以テ衆ニ先シ 天地神明ニ誓ヒ 大ニ斯国是ヲ定メ万民保全ノ道ヲ立ントス 衆亦此旨趣ニ基キ共心努力セヨ

現代語訳
1.全てのことは話し合いを大いにしてみんなの意見で 決めて行くべきである。
2.身分の上下を問わず心を一つにして国家を治めてゆくべきである。
3.公家や武家を問わず庶民に至るまで志を遂げられるように人々が失望しない世の中とすべきである。
4.古いしきたりにとらわれず道理に合ったやり方で行うべきである。
5.知識を世界に求めて天皇を中心とした治世を発展させるべきである。

我が国は未曾有の改革をしようとしている。天皇自ら国民に先んじて天地神明に誓い大いに日本の国是を定めて万民保全の道を立てよう。国民もこの考えに基づいて共に努力して欲しい。

明治時代は主権が天皇にあったので天皇が自ら天地神明に誓うという形式を取っているが、国民主権の現代なら国民一人一人が誓うようにすれば良い。素晴らしい内容だと思わないか。