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261月/18

天変地異と日本人

その昔日本人は天変地異を怨霊の仕業と信じていた。この世に恨みを残した高貴な人々の怨霊が祟って、地震や噴火や暴風雨、雷をこの世に起こすと信じていたのだ。疫病もその一つであった。

それら天変地異を鎮めるには怨霊の元を慰めて崇拝しなければならない。怨霊の鎮魂こそが祭り事の始まりだったのである。日本列島は火山の上にある。山の噴火は山の神の怒りが原因だ。科学的にはいろいろ解明されてはいるが、いつ起こるかは未だにわからない。人智を超えたものが天変地異なのである。いくら科学が進歩しようと、自然を人間が予想したり操作したりなど出来はしないのである。

西洋人などの一神教徒は創造主が全てを作ったと信じている。自然も神の創造物だ。そして人間が最後に作られ、自然を支配するよう祝福したと信じている。自然を征服することが人間の権利だと信じているのだ。だから自然破壊も動植物を生かすも殺すも自由だと思っている。

日本人は古代民族だ。自然を崇拝し恐れ感謝してきた。樹木を利用したら必ず植林して元に戻すことを欠かさなかった。動物を食料にした時は慰霊碑を建てて魂を慰め感謝してきた。食事をするときも神に捧げたものを頂くので「いただきます」と言う。動植物の命をもらうので「いただきます」でもあるのだ。こう言う風習は古代では普通に行われていたものだが、近代国家では日本だけである。

草津の本白根山が三千年ぶりに噴火した。噴火で死傷者が出たが不運としか言いようがない。誰のせいでもないからだ。予想ができなかったのかとか、安全策に手落ちはなかったのかとか、したり顔で言う輩がいるかもしれないが、それこそ不遜というものである。天変地異は人智を超えているのだ。人間などに解るわけはないのである。自然を敬い恐れ感謝し、災害に逢った人には慰めを言うほかはない。

現代の日本人は天変地異を怨霊の仕業とは思っていない。しかし自然の営みは人間の知恵などで制御できるものではないことは知っているはずだ。一神教徒のように自然を征服できると信じる日本人がいるなら、もはやその者は日本人ではない。

これからも地震や噴火、津波や台風など天変地異は必ず起きる。被害に逢うも逢ぬも運次第だ。運が良ければ感謝し、運が悪ければそれまでと諦めるしかない。運が良かった者は運の悪かった者を慰め、助けることである。そう言う日本人の行動が世界を驚かせている。一神教徒は運の悪かった者を負け組などと蔑み遠ざける。あるいは弱みに付け込む。日本人はそういう人種になってはならない。

111月/18

朝鮮という厄介な国・民族

現在は北と南に分かれている朝鮮だが、歴史的には4世紀ごろからの高句麗、新羅、百済の三国時代を経て、統一新羅240年、高麗470年、李氏朝鮮500年という王朝が半島を治めてきた。これらの王朝はそれぞれ支那大陸の統一王朝の属国となっていた。その後日清戦争の結果独立し大韓帝国となったが、国政が安定せず、日露戦争後日本が併合することになった。

半島王朝と支那大陸王朝の関係は、唐の時代に新羅が結託して高句麗と百済を滅ぼし統一したのが統一新羅。また唐の滅亡後、北宋時代から南宋を経て元の時代から明の時代にかけて高麗が半島を支配した。日本を侵略しようとした元寇の手先となったのが高麗である。高麗軍の将軍だった李成桂が、支那大陸の明王朝と結託して反乱を起こし高麗王朝を滅ぼして自ら王となったのが李朝である。日本の時代と比較すると、三国時代が飛鳥時代、統一新羅が奈良時代から平安時代初期、高麗王朝が平安時代から鎌倉時代を経て室町時代の半ばまで、その後は江戸時代幕末までが李氏朝鮮である。

統一新羅が高句麗や百済を滅ぼした時には、百済が日本に援軍を求めてきたので大和朝廷が半島南端の白村江に派兵したが敗れている。この時高句麗や百済から王朝貴族が日本に亡命してきた。いわゆる帰化人がその人々である。彼らは大和朝廷に仕えて数々の技術力を発揮している。また高麗が元王朝の手先となって九州に攻め込んできたときには、鎌倉武士が水際で抵抗したため上陸できず、沖合に停泊していたところを台風に襲われて全滅している。これが「神風」の起源である。しかし対馬では高麗軍の残虐な行為で島民が惨たらしく殺された。高麗王朝は文化的には青磁を生み出したことで世界では有名になり、英語のKoreaは高麗に由来する。

李朝は元々高麗軍の将軍だった李成桂が成り上がった王朝のためか、王朝内部の抗争が頻発して血族同士が血で血を洗う政争を繰り返した。明王朝の影響で儒教を国教にしたため男尊女卑、官尊民卑などが激しく、身分制度は苛烈を極めた。明の科挙を取り入れた試験制度を重んじて、合格者の高級官僚は文班と武班に分かれていたので両班と呼ばれ、後に貴族化するという事態になった。しかもその人口比率は1割に満たなかった。官尊民卑のため上から順番に税金を取り立てるばかりで下層民は搾取に喘いだ。最下層は他の民族に例を見ない奴隷階級であった。奴隷は売り買いの対象となり、まさに所有物だった。公の奴隷と私的な奴隷に分かれていたという。もちろん奴隷の子は奴隷でしかなかった。およそ国民の4割が奴隷階級だったという。李朝時代は100年間で人口が全く変わらなかったという記録がある。国民の大半が若くして餓死していたからだ。

儒教は先祖崇拝も教義の一つのため、先祖の失敗を批判できないという欠点がある。つまり過去の失敗から学ぶことができないので進歩が期待できないのだ。そういう時代が500年も続いたため、現代の朝鮮人も常に失敗を繰り返すのが普通になっているのだ。官尊民卑は現代でも生きているので役人天国である。そのため賄賂も普通にやり取りされる。だから大統領が辞めると必ず汚職事件で逮捕されることが普通に起きるのだ。これには例外がないので日本人としては唖然とするしかない。

また法治国家だったことがないので、民衆が法律を守ることがない。法律はあっても為政者が勝手に改変したり新設したりするので、民衆は守る気になれないのだ。役人が勝手に法律を作って取り締ったり税を取り立てたりするので民衆は誤魔化すことが常となった。嘘は方便どころか必要不可欠の技術だったのである。今でも朝鮮には「官災除け」のお守りがあるという。汚吏から身を守る必要が今でもあるという証拠だ。日本における武士道が生まれなかった国の悲劇だろう。軍人も武装したやくざのような存在なのだ。朝鮮の英雄と呼ばれる人物もほとんどがテロリストばかりなのである。

こういう国、または民族は信用するに値しない。なぜなら契約や約束を守る習慣がないからだ。嘘は技術なのだから全く信用できない。国としても簡単に約束を破棄する。条約すら簡単に反故にするのだから話にならない。言い訳が面白い。「状況が変わった」と言うのが常なのだ。これをまじめに言うから始末が悪い。これは支那大陸の国も同じだ。清朝との条約をその後の国民政府を率いた蒋介石は守ろうとはしなかった。毛沢東も清朝の約束など無視してきた。国という考えがないからだろうと思う。朝鮮も政府が変われば過去の政府の締結した条約など守る必要はないと思っている節がある。

つまりは朝鮮も支那大陸の王朝も国家としてではなく、征服王朝の立場でしか物を考えないということだ。近代国家とは言い難いのはそうした理由からだ。未熟な古代国家が日本の隣には依然として存在するのだ。こういう国家に約束を守らせる方法は一つしかない。圧倒的な力で屈服させることだ。残念ながら日本の隣国は力の強い国の言うことしか聞かない連中ばかりなのである。そういう意味では人間社会というより動物社会に等しい。

ちなみに朝鮮の歴代王朝の宗主国支那王朝への最大の貢ぎ物は女であった。元朝からの要求で高麗王朝は国内から狩り集めた処女ばかりを数百人献上したという記録がある。一時期は処女を守らせるために結婚禁止令まで出したという。李朝時代の女奴隷も個人間のお土産や上司に対する貢ぎ物だった。儒教世界での女は男の慰み物でしかないのだ。だから韓国軍はベトナム戦争時代に現地女性を嬲り物にして数万人の混血児が生まれることになったのだ。武士道をもって戦闘に臨んだ日本軍兵士とは根本的に違うのである。日本兵は強姦をしない代わりに慰安婦というプロを利用した。韓国軍もロシア軍もアメリカ軍も慰安婦など必要とはしなかった。現地女性を強姦すれば済んだからである。だから東南アジアでも混血児は多いのだ。日本系の混血児が圧倒的に少ないのは強姦が少なかった証拠なのである。

また統一新羅時代に半島人は姓名を唐風に創始改名したことがある。それ以前は長々しい名前だった朝鮮人もその時以来現在の名前になっている。日本が併合していた時代には日本名を名乗る者が多かった。中華風にしたり日本風にしたりするのは、それぞれの時代で強い民族を真似るからだ。独自の文化を持たない国情がそうさせるのである。李朝時代にハングルで書かれた古典が皆無だったのも独自の文化がなかった証拠だ。文献は全て漢字だった。それも1割にも満たない貴族しか読めなかった。その上儒教は労働を蔑むため、職人や技術者が育たない。これでは文化が育つわけもないのだ。現代の韓国はアメリカ文化を真似るだけである。北朝鮮は李朝時代の再来だ。その上気位ばかりは宗主国中華よりも高いので日本を蔑み言うことを聞かない。どうにもならない民族、国家である。