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役人のクズを支援する全体主義者

メディアは前川氏の発言を一生懸命報道するが、官僚主導の行政に戻った方がよいのだろうか。民主党政権が誕生した頃は、「官僚主導はいけないから政治主導にしなければならない」とみんな言っていたはずだ。獣医学部新設を問題視するメディアは、宗旨変えしたのだろうか。
(小泉純一郎内閣の竹中平蔵元経済財政担当相に秘書官として仕えた元官僚で、改革の現場に精通した岸博幸慶大大学院教授の意見)

しかし民主党政権は政治指導などする実力もなく官僚に手もなく誤魔化されてしまった。そもそも自治労などの左翼系ぐうたら役人が後ろ盾の政権だったのだから口ばかりなのである。朝日新聞などの反日系マスコミはそもそも保守系政権にケチをつけたいだけだから騒いでいるだけだ。

第1次安倍内閣の時も加計学園の新設申請は出されていて文科省が却下している。今の報道で騒いでいるように安倍さんとの関係で認可されたとしたらその時に認可されていたはずだ。認可しなかったのは文科省が規制路線を押し通したからなのである。それを必要だから規制を緩和しろというのが「総理の意向」なのだ。つまり役所の過剰で不要な規制を緩和しようという行政改革を総理がしている話なのである。

腐った役人の話を仰々しく報道するマスコミは何を目的にしているのか。

民主党政権時代には行政改革をマスコミも推進した。個人的なパフォーマンスばかりが目立ち、結果が伴わない改革だったが、マスコミは概ね支援していた。しかしそれは単に当時の政権が保守政権ではなかったからだ。日本の保守陣営は一貫して自由主義である。

故渡部昇一氏は「現代は左翼対右翼の対立ではなく、全体主義者対自由主義者の対立なのだ」と言っていた。その通りだと思う。共産主義も社会主義も民族主義も決して自由主義ではない。個人の自由よりも平等な思想や同じ考えを優先する全体主義である。「ダメなものはダメ」と言って話し合いを拒否した旧社会党の委員長がいたが、全体主義者は民主主義者でもない。話し合いをしない国会議員など存在価値もない。

共産党や民進党はあえて民主主義を盛んに口にする。民主主義ではないからそう言い立てるのである。その証拠に北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」と名乗っている。独裁者の支配する国が民主主義であるはずがない。

第2次大戦前のドイツで台頭したナチスは正式名を「国家社会主義ドイツ労働者党」という。れっきとした社会主義で全体主義である。日本でも同時期に国家社会主義は軍部で賛同者が増えて515や226事件を起こしている。経済が疲弊して国民が貧困のどん底に喘いだ時代の反動なのだ。配給制や富・財産の再分配が叫ばれた結果なのである。自由主義は必ず格差を生む。個性を重要視すれば価値観は限りなく多様化する。それを平等優先・同じ価値観を第一に考えるのが全体主義なのである。

朝日などの反日系マスコミや左翼系市民活動家などの常とう句は「格差をなくせ」「労働者を守れ」などだ。これはナチスの選挙公約と同じだ。言論の自由も全体主義者は否定する。反対意見を罵倒し抹殺しようとするのがその証拠だ。「ダメなものはダメ」と言うのは、価値観が同じじゃないとダメと言っているわけだ。全体主義者は意見の違う者の言うことは聞こうとしない。違う価値観を受け入れられないのだ。これは新興宗教の狂信者と似ている。

日本は戦前、国家社会主義に傾倒した。そして戦後、共産・社会主義に毒されたといって良い。古来日本は自由主義でしかも共生という社会主義的な解決手段を有してきた国家である。国民皆保険などはその典型なのだ。アメリカは自由主義の権化だから皆保険など絶対に実現しない。オバマが言い出したのでいっぺんに人気がガタ落ちした。なぜアメリカ人は皆保険を嫌うか。皆保険とは金持ちや健康な人間が貧乏人や病弱な人間を助けてやるという制度だ。アメリカの金持ちは裕福なのは自分の努力のおかげだと自負している者が大半である。貧乏なのはその人間の努力が足りないのだと考える。不健康なのも自分の責任と考えるのがアメリカ人だ。だから決して他人のために保険金を払ってやろうとは思わない。払うのはあくまで自分のためや家族のためである。だから国民皆保険には反対するのだ。やはり一文無しで移民から成功した金持ちが多いせいではないだろうか。

日本人は国民皆保険には寛容である。「明日は我が身」という格言があるからかもしれないし、裕福なのは全て自分の努力の結果とは思っていない。不健康も自堕落ばかりが理由だとは思っていないだろう。いろいろな価値観を認めて共生するのが日本流なのだ。全体主義になるのは不幸な時代の証拠だと思う。

面白いのは左翼系の考えに近いのに自分は民主主義者だと思っている間抜けが多いことだ。民主主義者は絶対正義など信じない。多数が正義だと思ったことを正義とするのが民主主義だ。少数意見は聞くが決めるときは多数決で決める。だから気を付けないと間違った方向に行くこともある。決めるための知性が要求される主義でもある。しかし全会一致で決めるのは民主主義ではない。共産・社会主義は全会一致が原則だ。

国会の採決の際に「多数党が強行採決した」と問題にするマスコミがあるが、多数決で決めるのが鉄則の民主主義なのだから、話し合いが煮詰まったと判断すれば採決する責任が国会にはある。反対だけど少数意見だから力ずくでも採決を阻止するなどという行為は言語道断、民主主義に反するのだ。話し合いの末の採決をマスコミが批判するならそのマスコミも全体主義だという証拠だ。