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腐った役人

面と向かってはこちらの意見に従いながら、陰に回って不平や非難を言うようなことはするな。中国神話に登場する伝説の君主、舜(しゅん)は、後継者で夏王朝の始祖となる禹(う)にこう説いた。徳をもって理想的な仁政を敷いた「聖人」らしい言葉である。

▼万人が聖人君子になれるわけではないが、これはあんまりではないか。「私、座右の銘が『面従腹背』なんです」。学校法人加計学園の獣医学部新設計画をめぐり、退任後に首相官邸批判を始めた前川喜平・前文部科学事務次官が1日、テレビ朝日番組で言い放ったセリフである。

▼仮にも文教行政のトップとして、子供たちに学問の意義や人の道を教える立場だった者が言うことだろうか。この人が出会い系バーに足しげく通い、「女子の貧困調査」と称して少女たちに小遣いを渡していたことも明らかになっているが、今度こそ心底あきれた

2017年6月3日「産経抄」より。

西洋では役人は監視しないと悪いことしかしないと思われている。オンブズマンはそうした考えから生まれたシステムだ。アメリカでも役人の地位はさほど高くない。日本は儒教の影響で役人は高貴な職業と考えられてきた。武家が政権を取っていた時代には為政者は襟を正して清廉潔白が旨であった。役人は公僕でなければならないのだ。汚職とは、そういう崇高な仕事を汚す行為という意味である。なにも収賄だけが汚職ではない。

それがどうだろう。腐敗どころか最初から悪徳を座右の銘にするとは見下げ果てた輩である。おそらく権力者を悪と見立てて、それに対抗することを良しとする考えのつもりだったのだろう。民主主義がわかっていない全体主義者の考えである。権力者を最初から悪と決めつけるのは共産主義洗脳の代表的なものだ。時の権力を打倒する対象とするのは共産革命の基本的考えである。上級公務員試験に合格して役人になるような連中にはこうした共産かぶれが非常に多い。

アメリカ占領軍に洗脳された個人的権利の偏重は、役人を公僕から高級労働者に変えてしまい、しかも鼻持ちならない指導者層でもあるような優越感を持たせる結果を生んでいる。こうした腐った高級官僚が、退官後は政界を目指して権力者になろうとするのだから救い難い状況なのだ。選挙民の資質が問われる話である。

役人は税金という人の金で仕事をし生活をする。だから監視していないと無駄金を使い、保身のための仕事を増やす。決して自分からは節約や効率を考えない。公僕とは正反対の自分たちの利益を守ることしか考えないのだ。だから選挙民に選ばれた議員が役人を監督指導しなければならないのだ。高級官僚だった者を議員に選ぶほどバカげた行為はないと知ることである。元役人は役人のための仕事しかしない。

戦後の日本はどこぞの社会主義国家のように役人天国になってしまった。高級官僚は試験優等生だ。資質などは試験に影響ない。許認可権を有する官庁では自分が偉くなったと錯覚する環境でもある。窓口の受付まで偉そうに振舞う。彼らには公僕であることをいつでも意識させなければロクなことはしない。税金は彼らを雇うために払っているのだ。常に納税者が雇い主だと思い知らせなければならない。その点だけは西洋社会を見習っても良いと思う。