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共産主義という宗教

この記事は2年前に別のブログで書いたものだ。

戦後の日教組教育で日本軍の悪行ばかりを教えられた世代は、すっかり母国を三流国と思いこんで誇りも持てず思考停止に陥った。毎日「朝日新聞」を読んでいれば益々考えなくなる。岩波書店の嘘八百の書籍を読めば事実を知ろうという気力も湧かない。

戦後市民権を得た共産主義者はせっせと大学で仲間を増やし、みんなで同じことをする思考停止集団を量産した。面白かったのは話しの内容もそうだが、学生達の話し方が同じだったことだ。日本い共産党の不破哲三の話し方にそっくりだった。現在の志位委員長の口調も不破哲三とそっくりである。共産主義なのだから個性がなくて当然ではある。しかし個人崇拝の兆しが見えるのが興味深い。

ソ連も中共も北朝鮮もキューバも結局個人崇拝になった。日本共産党も代表者は、宮沢賢治が22年、不破哲三が15年、志位和夫がもう15年という具合に、長期にわたって個人崇拝の傾向が出ている。だから話し方まで似てくるのだ。この事に共産主義シンパは気付いているだろうか。自分も志位和夫の話し方に似ているかもしれないよ。

共産主義は謂わば宗教に近い。なぜなら、人間は自由より平等であるべきだと信じることが必要だからだ。自由をとれば格差が生まれる。当然だろう。才能や運や努力の多い人間が経済的には裕福になるからだ。だから共産主義体制では私有財産は否定される。能力の差が評価されることはない。ただし指導者層は権力闘争をするようになるために特権階級が生まれるのだ。だから個人崇拝になっていく。これも宗教的な理由だ。

ヤマギシズムという組織を知っているだろうか。原始共産主義を唱える団体で、その概要はまさに私有財産の排除である。ついでに自我欲を捨て去ることを理想としている。私有財産がないのだから欲があってはダメなわけだ。当然集団生活でみんな同じ物を食べ、同じ物を着、同じ所に住む。子供もみんなのものという考えで子供だけの集団生活をさせている。幼稚園から大学まであるのだ。自給自足のため農業が生業である。一度だけだが仕事で三重県の豊里を訪ねたことがある。食事をご馳走になったが、昔の味がする野菜と卵は美味しかった。

ヤマギシズムが有名になったのは有精卵の販売をするようになってからだ。最初は自給自足分だけの生産だったらしいが、近所の住人から売って欲しいと言われて売るうちに販売するようになったと聞いた。今では農事組合法人として売り上げトップの位置にある。(2012年の統計)

しかし問題も多く、オーム真理教と同一視されカルト集団と思われているところもある。脱退者が財産の返還裁判を起こして有名になった面もある。欲を否定する集団が欲を出して返還しなかったからだ。またこの社会で起きる結婚問題は非人間的だ。結婚は豊里の結婚調整機関からの推奨に従うようになっているが、女は若く男は何歳でも良いという考えがあり、一夫一婦制も曖昧とされている。若い女子は自己主張を禁じられて育つために唯々諾々と推奨に従うそうだ。拒否すればこだわりという自我欲があるとレッテルが貼られるらしい。親子の関係にも否定的なので自分の子供への愛情は不要とされる。若い女子には苦痛なのではないか。中年過ぎて入会する女には結婚の機会はないそうだ。

つまり、共産主義とは、人間的な欲を断ち、自我を捨てなければ実践できないと、この集団は証明しているのだ。興味があれば行ってみると良い。食事は美味しいが、皆一様に無気力な顔をしている。競争がないからだろう。世捨て人には天国かもしれない。そのせいか圧倒的に年寄りが多い。豊里は三重県津市の伊勢道路沿いにある。10人で始めたそうだが、現在はすごい規模になっている。医者の割合が多かったのを記憶している。ここで飼われている牛や豚や鶏はとても静かだ。ストレスがないから鳴かないのだと云う。昔懐かしい干し藁の匂いがするところでもある。

共産主義がどれほど非人間的か70年安保世代はよく考えることだ。人間は自由だが不完全な生き物だ。美しい面と醜い面を併せ持つ。同じにするには不自由な矯正が必要だ。共産主義では洗脳という。マインドコントロールと言い換えられた時代もあった。だから共産主義は宗教なのだ。しかもどんなオカルト宗教よりも恐ろしい。