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親を呼び捨てにする子供

昨今の日本人には親子を友だち関係と勘違いしている者たちがいる。

親を名前で呼ぶことに違和感がない子供がすでに3割にもなっているという。彼らの親がそう育てたのだ。親子の関係を友だち関係と勘違いしているからだ。そういう教育を受けた子供は、社会に出てから目上の人間や取引先の人間との距離感を認識できない。当然言葉使いができていないと顰蹙を買うことになるが、本人には自覚がないので悩むことになる。

戦後の日本人は日本の文化を否定する教育を受け、表面だけのアメリカナイズを良しとしてきた。英語には1種類しかない。男の大人の言葉だけだ。子供も同じ言葉を使う。だから親子でもファーストネームで呼び合う。敬語は教育によってのみ身につく。アメリカはそうしている。

文化とは言葉で引き継がれるものだ。日本の文化は世界に誇れる文化だ。男女それぞれが相応しい言葉使いをしてきた。男は力強い言葉使いをし、女は優しい言葉使いをする。大人は子供に対して指導的な言葉使いをし、子供は年齢に相応しい言葉使いをしてきた。

親は子供を社会に適合できるように指導する義務を負っている。その関係は友達関係ではない。親は子供の指導者でなければならないのだ。子供と友達関係を築きたい親は指導的立場を放棄しているのだ。自信もないし嫌われたくないのだろう。だから自分の子供に名前で呼ばれて喜ぶのだ。ところがそんな育ち方をした子供は社会に適合できなくなる。親子関係もしくは家族とは社会の縮図なのだ。秩序を保ち仲が良い関係が必要なのだ。

年齢的な上下や身分の上下、男女の別、すべての人間関係には秩序が不可欠だ。それを家庭で教育することが最低限の社会教育なのだ。

戦後の共産思想は悪平等をいかにも最善のごとく日本人に吹き込んできた。日本的な文化伝統は2000年以上の歴史的時間に裏打ちされた価値だ。中世を知らないアメリカのような文化文明には真似のできない蓄積があるのだ。まして悪平等を狂信する共産思想は最も抹殺してしまわなければならない思想なのである。

子供が親を尊敬する家庭では決して親を呼び捨てになどしない。人間的に大人になれない者が子供を持った不幸が今の日本を醜くしている。単なる労働者に成り下がった教師などに子供を任せてはならない。いじめや非行は親の責任だ。子供の将来のために社会的秩序を教えるのが親の務めである。

共産思想を狂信する輩は日本を共和制にする策謀を日夜画策している。人間関係の秩序を破壊する策謀だ。狙われているのが家庭だ。最小単位の社会的人間関係である家庭を破壊することが、ゆくゆく日本文化を破壊することにつながっているのだ。夫婦別姓も、本人たちが自覚しているしていないに関わらず、子供の将来を考えない自己中心的な思想であり、家庭崩壊の原因にもなることなのだ。

なぜ共産主義者が日本文化を破壊しようとしているのか。日本を共和制にするには歴史的な日本の秩序が邪魔だからである。暴力革命は既に諦めているかもしれない。だから最小単位の秩序である家庭を崩壊させ、ゆくゆくは個々人をバラバラにして新秩序を構築するのが必要だと考えているのだ。皇室を貶め、個人の権利をことさら強調する日教組の教育方針こそ、日本を共和制にするための布石なのである。

まだ7割の日本人は親子関係が友達関係であるなどとは思っていない。親を名前で呼ぶことに違和感を抱いている。少なくともまだ間に合いそうだ。共産思想に完全に毒されてしまわないうちに本来の日本文化を取り戻すべきである。