たかまさ's WebSite

普通の国になるのは何時か

対米戦争に負けた日本では、国防という尊い仕事が汚れ仕事にされてきた。共産主義者は軍隊を暴力装置と呼んで蔑む。共産主義革命に必要な軍事力は国防などが目的ではない。暴力革命に必要な単なる装置に過ぎない。共産主義国の軍隊は侵略や革命のために存在する。民主党政権時に幹事長の仙谷由人がいみじくも口走った「自衛隊は暴力装置」というのが共産主義者の本音だ。だから共産軍は国民に銃を向ける。共産軍は国を守るのではないのだ。あくまで共産党を守る組織なのである。

国民国家の軍隊は国民の生命財産を守るのが使命だ。だから災害にも出動する。それが今の日本人には理解されていない。軍隊とは自己完結型の組織だ。警察組織も軍隊のように武器を持つが自己完結型ではない。どこが違うか。現在の日本人はそれを知らない。

軍隊は非常時に機能する組織である。戦場や大災害地は生活インフラが破壊され遮断された環境である。軍隊はそうした非常時に機能するように出来ている。つまり道路、橋、水道、電力、燃料など生活に欠かせないインフラを無から作ることができる組織なのだ。建設機械や架橋設備、水道設備や発電設備、人が生活するのに必要なあらゆるものを無から作ることができる機器や設備を全て備えている組織なのである。

熊本の震災地に出動した自衛隊が最初にやったことは浴場を作ることだったそうだ。たった2時間で多数が入れる浴場を作って喜ばれたという。同じように武装している警察組織だがこういう真似はできない。警察組織は平時にしか機能しない組織だからだ。自衛隊は東北被災地では道路を作り橋を架けて輸送路を確保した。飲料水もタンク車で運ぶことができる。被災者の救援に空輸をすることもできる。

被災地や騒乱に軍隊が出動するのはそれが非常時だからだ。警察や消防はあくまで平常時にしか機能しない。警察や消防は決して軍隊の役目はできないのである。こうした世界の常識が現在の日本では理解されていない。少し考えれば分かることだが戦後の日本人は思考停止状態になっているということだ。

世界では非常時に活躍する軍隊は尊敬の対象になっている。当然戦前の日本では常識だった。共産中国軍は国民に銃を向けて天安門事件では多数のデモ隊を殺した。国民国家の軍隊は国民に銃を向けるなど考えもしない。軍隊が人殺し集団なのは共産主義国だけのことである。

永世中立国のスイスや一部の独裁国家は徴兵制を取っているが、国民国家の軍隊はほとんどが志願制だ。非常時に国民の生命財産を守るのが軍隊の使命なのだから強制など無意味だからだ。日本が1日も早く普通の国家になることを願ってやまない。国防は尊い仕事なのである。

戦前は教師も尊い仕事であった。「仰げば尊し・・・」と言われた教師は人生の指導者であった。現在の日本では教師の組織は共産主義者の巣窟となり、単なる労働者に成り下がっている。

軍人や教師が普通に尊敬される国が日本の本来の姿だ。今の日本は非常に醜い。