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132月/16

グローバル化=無国籍化

国際化とかグローバリズムなどが世界のすう勢だとかで乗り遅れないようにしなければならないといわれて久しいが、確信的な反日マスコミはともかく、日本人は本当の意味がわかって使っているのだろうか。

国際化やグローバリズムは簡単な話、無国籍化ということである。そこにどんな利点があるかと云えば、地球規模の国境なき経済圏が出現し、資本家階級が地球を支配する新たな階級世界が誕生するというだけのことである。地球人のほとんどが経済奴隷になってしまうだけだ。既に国際的巨大企業は非課税の国に本拠地を置いて、国境なき経済圏を構築している。その代表が、かつてはアヘンで巨万の富を築いたマセソン商会やサッスーンなどのユダヤ系企業だ。彼らには国家単位の価値観などない。

韓国のサムソンが世界企業になったと思われているが、サムソンの資本はユダヤ系に握られていて韓国の企業とはいえない。サムソンが稼げば稼ぐほど金は韓国から吸い上げられているのである。正に韓国人はユダヤ資本の奴隷になってしまっていると言っても過言ではない。サムソンだけではない。韓国企業のほとんどが外国資本、ユダヤ資本だ。銀行などは100%海外資本である。つまり韓国はほとんどユダヤ資本に乗っ取られていると言ってもよいのである。

こういう筋書きは旧約聖書にすでに書いてある。グローバリズムはユダヤ的な発想からくる聖書実現の世界なのだ。ユダヤ教では他民族を奴隷にすることは至極当然のこととなっている。現代の奴隷とはごく一般の会社員のことだ。マクドナルド、スタバ、セブンイレブンなどの海外資本の企業は国際的な経済圏を支配下に置いているがユダヤ資本がほとんどだ。

日本人はこういう発想を信じないが、一度は共産主義革命で世界最終戦争を実現しようとしたのがユダヤ勢力だったことも知らないだろう。壮大な実験は経済破綻が意外に早く来て失敗してしまった。彼らが次に目論んでいるのが国際化というきれい事に包まれた民族・宗教革命だ。現在のイスラム教徒のテロ攻撃も実はその一環なのである。引き金はイスラムに引かせてピューリタンが止めをさすのがシナリオだろう。そのための資金や武器はユダヤ資本がせっせと呉れてやっている。ユダヤ教徒の2000年間の恨みは脳天気な日本人などには想像もできないものである。祖国というものが2000年もの間存在しなかった民族なのだ。そのためどの国にいても迫害されてきた。ユダヤ教徒の最終目的はイスラム教徒とキリスト教徒を互いに戦わせて破滅させることだ。

日本という国は他民族と違って唯一古代宗教がそのまま生き残っている国家である。先祖を神とする古代地主の天皇家が今も綿々と続いている唯一の国家だ。無国籍思想にもっとも遠い平和国家なのである。だから世界からバッシングを受けるのだ。日本のような古代国家は黙って早く滅びてしまえというのが世界の本音だ。ユダヤ資本にとっても日本だけはなかなか入り込めない国だ。なにしろ一神教からすれば多神教の日本は邪悪な野蛮人の国なのだ。しかしその多神教徒はユダヤ教徒にもできない世界平和を実現できる唯一の存在なのである。

世界の民族や宗教をすべて包括して平和を築く力を日本は持っている。日本の文化に世界が学べば聖書にある神の1000年王国は実現するのだ。日本以外の思想文化では殺し合わなければ実現しない世界が、日本文化に学べば殺し合わなくても実現できる。日本人がこのことに気づかなければ世界は救えない。

日本文化の神髄は命に感謝する心だ。人間は動植物の命をもらって生きている。もらった命に感謝することがそのまま宗教になった。日本人の宗教心は自然に感謝することに尽きる。だから紙や木で家を造り、何物も無駄にせず、無駄な殺戮はしなかった。何物にも霊を感じて死を悼むのも日本人の文化だ。敵の死に対しても旧日本軍人は墓を掘って弔った。シナ大陸で虐殺などするはずもないのだ。それに日本軍は武器物資が乏しかった。それこそ無駄な虐殺などに使うわけがない。西洋人やシナ人には絶対に理解できないのが日本人の霊に対する畏敬の念だ。死ねばただの物体と考える彼らには、日本人が遺体に感じる霊の存在など分かるわけもない。

文化が西洋化(アメリカ化)してから金属や石で囲まれた家に住み、食べ散らかして無駄なごみを出してきた。まずは日本人が自分たちの文化を取り戻すべきである。野蛮で粗野なのは西洋人なのだ。家の中に靴を脱いで入る人種は日本人だけだ。外からごみやちりを持ち込まないで清潔にしてきたのが日本人なのである。西洋人の生活ほど汚いものはないのだ。風呂にも入らないからフランス人は香水を発明した。日本の女性には香水など不要だ。そうしたことをもっと自覚すべきである。

すべての違いを認める文化が日本の文化でもある。絶対正義など存在しない。すべての違いを認める度量と寛容が日本の世界に誇れる文化なのだ。そういう寛容さが世界の戦争を防ぎ、不幸を払拭してくれるのだ。無国籍を良しとするには必ず世界最終戦争が起きると思ってよい。戦争反対で無国籍を求めるのは愚かにもほどがあると云うものだ。特に日本の共産主義シンパは考えが浅い。共産主義は既に破綻した思想だ。やり方の問題などではない。根本的な矛盾が破綻の元だ。

人間は結果平等ではあり得ないのだ。生まれ、育ち、才能、遺伝、どれをとっても同じではない。同じではないことが個性であり、進化の源なのだ。違いがないものに進化は生まれない。多様性が進化の源泉なのである。人間だとて例外ではないのだ。

平等よりも自由であることが最重要なことである。自由でいれば自然に不平等になる。だから助けあうのだ。持っているものが持っていないものに与える。物質だけではない。精神も同じだ。生死も不平等の証しだ。同じことをして死ぬ者もいれば生きる者もいる。だから生き残った者は死んだものを弔うのだ。不平等は嘆くことではない。生き残った者は感謝すれば良いのだ。

西洋のキリスト教的価値観は「仕事は苦役」でしかない。日本人の価値観は「仕事は生き甲斐」である。西洋人には生き甲斐になるような仕事の仕方を教えてやるべきである。死んでからではなく生きているうちに生き甲斐になるような仕事をしろと教えてやるべきだ。日本人の「おもてなし」は無料だ。西洋人やシナ人には理解しがたいこの価値観を教えてやらなければならない。

122月/16

中国人(漢族)の素行

中国人、特に漢族の素行の悪さは何も今に始まったことではない。数百年の昔から変わっていない。別に不思議ではない。シナという土地は今でもそうだが法治国家があった例しがなかったからだ。全てを人が決める人治国家しか存在したことがない。だから民衆に遵法精神などあるはずもないのだ。彼らの価値観は損得だけなのである。それだけ彼らは過酷な歴史を生きてきた。

よく「道徳」は中国から学んだはずだがと首をかしげる日本人がいるが、シナ人は昔から言行不一致が普通なのだ。「嘘をつくな」と言いながら「嘘をつく」のがシナ人だ。もっとも世界中似たり寄ったりである。言行一致が常識なのは実は日本人だけだと言っても過言ではないのだ。他人や他民族には正直であれと言いながら、自分たちは嘘ばかり言ってきたのが白人達の歴史でもある。

昨今中国の経済成長も陰りを見せているが、世界中に飛び出した中国人旅行客があちこちで不評を買っている。我先に降りようとして飛行機の非常ドアを勝手に開けたり、トイレが塞がっていたからと言って子供に機内の通路で大便をさせたり、ファーストクラスに変更しろと脅して暴れたり、とにかく無茶苦茶なことをする漢族が世界中で嫌われているのだ。

日本で少子高齢化が問題視され、移民で補おうとする論も多い。だが日本の文化は世界でも特殊であることをもっと自覚する必要がある。シナ人や朝鮮人を入れすぎると日本文化が壊される。遵法精神のない民族は無法者の集まりだと知らなければ日本が滅ぶことにもなりかねない。現在日本に来る中国人や朝鮮人の中には公徳心がない連中が多く見受けられるのは誰でも知っているだろう。

「交通法規を守らない」「我先に殺到するので順番を守らない」「誰がいようが大声で話す」「食べ物を食べ散らかす」「ゴミを捨てまくる」「道を譲ることなどない」「主張が認められないと激高して暴力に訴える」「公共物を私物化する」これらは彼らにとっては普通のことなのだ。

漢族の生き方は「良いか悪いか」ではない。「損か得か」なのである。東北大震災の際に拾ったお金を交番に届けた日本人の行為は彼らにとっては馬鹿にしか見えないのだ。被災者のためにコンビニの店主が食料を半値で売ったのも、彼らにとっては理解を超えている。そのくらい価値観が違うのだ。努々安易に漢族を日本に入れることのないようにしなければ日本人が漢族になってしまうことを知ることだ。