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アメリカという邪悪

アメリカという国は中世を経験していない。つまり封建時代を経ずに近代化した国である。従って他国が中世で培った武士道や騎士道にある敗者を思いやる精神を知らない。正義は常に勝者にしかなかった。この考えは支那大陸の共産中国にも共通する考え方であった。支那にも武士道や騎士道は育たなかった。力のみが正義だったのである。だから両国は常に自国の行動を正当化するために歴史を捏造してきた。

アメリカは先住民を殲滅して土地を奪い白人種の国を作ってきた。その歴史を西部劇を作って野蛮な先住民から無垢な移民を救ったという歴史として捏造してきたのだ。南北戦争にしても、奴隷制を敷く南部連合が合衆国から離脱するのを、北部軍が阻止するために攻め込んで始めたものだが、奴隷制度廃止を理由に始めた戦争という捏造をしている。裕福な南部の離脱を貧しかった北部が許さなかったに過ぎない戦争だったのだ。北部にも奴隷制を敷く州は多く、リンカーンはその処置に苦労した。しかし北部が勝ったので北部の言い分が正義となったのである。

移民で成り立ってきたアメリカだが、アメリカの言う自由とは白人種の自由でしかない。移民についてもヨーロッパ白人種の移民は歓迎しても、有色人種の移民は拒否している。現在のアメリカでも大統領選挙でメキシコ国境に壁を作ると言っている候補が受けているのが実情だ。アメリカ人の本音は人種差別なのである。

日露戦争で有色人種の日本が白人種のロシアに完勝したため、白人種世界では黄禍論が盛んに叫ばれるようになった。黄禍論とは「黄色い人種がもたらす禍」という人種差別に基づいた暴論だ。最初は支那人が標的になった。苦力と呼ばれた彼らは勤勉に働き、財もなした。そこへ北欧系の白人移民が大挙してやってきた。カリフォルニアのゴールドラッシュの時代だ。白人種は自分たちの居場所がないことに腹を立て、支那人の村々を襲ってことごとく殺害し、全てを奪った。当時の清国は国外の自国民には無関心だったため、支那人たちは保護もなく殺された。白人種にとってはアメリカ先住民も支那人も同じ邪魔な存在だったのである。殺したところでなんの呵責も感じなかった。

やがて支那人に代わって日系移民がハワイ経由でアメリカ本土にやってくるようになった。日系移民は支那人よりも勤勉で瞬く間に財をなしていった。白人種移民たちは仕事を奪われたと言い出して、日系移民を排斥するようになった。しかし日本国は日露戦争に勝った1等国だ。支那人のように殺してしまうわけにはいかなかった。殺せないなら追い出してしまえというのが「黄禍論」の中身だ。世論を煽ったのはピューリッツアーやハーストなどが経営していた新聞だ。

ちなみに黒人は排斥の対象ではなかった。それはそうだろう。黒人は白人種が金を出して買ってきた奴隷だ。奴隷は家畜と同じ財産だ。法律を作って白人以外の移民の帰化を禁止した時にも黒人は範疇に入っていない。

アメリカが作った移民法は、既にアメリカで生まれて帰化していた日系人の権利も剥奪するというものだった。成立は1924年のことだ。日本国内では反米感情が湧きあがった。その後のアメリカは日本の政策をことごとく邪魔した。最後は自分たちが狙っていた支那から日本人を追い出そうとした。鉄も石油も売らなくなって、最後通牒と言われているアメリカ国務長官の「ハル・ノート」には支那から出て行けとはっきり書いてあった。日本は唯々諾々とはアメリカの言うなりにならなかった。日米が戦闘状態になったのはその結果なのだ。