たかまさ's WebSite

家紋にまつわるetc

37この家紋は「隅切り角に酢漿草(かたばみ)」という。我が家の家紋だが、鎌倉時代以降一般によく使われた家紋だ。我が家は元は「塩水」という姓を幕末には名乗っていたそうだ。藩公から高祖父が賜ったという記録が残っている。賜ったというからには何か良いことをしたのだろうが、元は姓を持たない農民だったのだろう。明治以降曽祖父が別の名を届け出たので「塩水姓」は消えてしまった。

明治政府は維新で四民平等の国民国家を実現したため、徴税や徴兵を容易にするため戸籍を管理することにした。江戸時代までは徳川将軍家が定めた寺社の檀家制度が戸籍代わりだった。寺には「過去帳」という戸籍簿が保管されていたのだ。戸籍には氏素性が必要だ。天皇家所縁の貴族や武家は問題なかったが、一般市民は姓を持たなかったため明治政府は市民には好きな姓を届け出るように通達した。この時に初めて貴族や武家以外の下層階級者は姓を名乗ったのだ。

ちなみに学のない農民などは地域の地主などに姓を付けてもらったそうだ。土地の名前や方角、住んでいる場所にちなんだものなどが多くなった。北、南、東、西などは地主の家からの方角にちなんだものだ。貴族の藤原家にちなんだ藤を入れた、佐藤、伊藤、加藤、などの名前も多くなった。当の藤原家は明治以降藤原を名乗っていない。

家紋は平安時代から家系の象徴として考案されたもので日本独特の文化である。同族同名でも家紋を変えて系統を表したりしたのだ。菊の紋章は天皇家の家紋だが、家臣に下賜されるものに付ける際には桐の紋が使われた。現在の内閣府の紋章などがその例で「五七桐」である。秀吉が豊臣家の家紋として使ったのも桐の紋章で「五三桐」である。貸し衣裳の紋付に使われる家紋も桐の紋が多い。誰でも使える紋だからである。

菊の御紋

内閣府の紋章

天皇家の紋章である菊の御紋は「十六八重表菊」と称する。戦前までは天皇家以外勝手に使ってはならないと定められていた。

右側が内閣府・内閣総理大臣の紋章「五七桐」である。

 

passport1024px-Flag_of_the_Japanese_Emperor.svg

日本のパスポートに付いている菊の紋は「十六一重表菊」という。菊の御紋をデザイン化したものだ。日本の国章は特段の定めがないが、世界的に認められた菊の御紋が国章扱いになっている。右にあるのは「天皇旗」という旗だ。

イギリスの最高勲章に「ガーター勲章」がある。ヨーロッパのキリスト教国以外の君主で叙勲されたのは明治天皇が最初で、日本の天皇だけである。共和制国の国家元首に贈られた例はない。

1024px-Castell_de_Windsor_-_Capella_de_Sant_Jordi

イギリスのウィンザー城内にあるセント・ジョージ・チャペルに掲げられている「ガーター勲爵士」のバナー(旗)の中に「天皇旗」が見える。第2次大戦で敵国となったためドイツやドイツ諸侯、イタリア君主と昭和天皇は勲爵士の地位を剥奪されたが、大戦後昭和天皇のみイギリスが復活を認めている。一度剥奪されて復活した例は昭和天皇だけなのである。