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言行一致は日本だけ

武士道では言行は一致しなければならないと規定したため、日本の文化は言行一致が正しいこととなった。しかしこれは日本だけの文化なのである。世界の常識は言行不一致だ。

日本の文化は言ったことをしないのは不誠実と規定している。言ったことをしなければ嘘つきとなるのだ。日本では嘘つきは泥棒の始まりとまで云われている。だから日本では口約束でも守るものというのが常識だ。契約書などはなくても約束は守るのが日本人なのだ。

しかし世界の文化は全く違っている。現行不一致が普通のこととされる。だから契約書が必須となる。口約束など守られるはずがないと思うのが他民族の常識なのだ。西洋白人種は宗教・民族が異なれば騙すことは当たり前と考えている。自分たちがそうするので他民族も同じようにするものと考えているのだ。だからあらゆる事態を想定して契約書を作成しないと安心できないのである。それでも契約書に書いてあれば守るようにするのが文明人だと思っている。

何事にも例外がある。支那人と朝鮮人は口約束どころか、契約書があっても約束を守らないのが普通だ。彼らの国の歴史には法律を守るという概念がほとんど無いのだ。歴史的に法治国家だったことがないからである。人が法になる人治国家だったのだ。

法律はあるが権力者が交代するたびに法律を気ままに変えるので、庶民は守ってもしょうがないと思うようになった。その代わり金をつかませて法律を掻い潜る方が利口だと思うようになったのである。だから汚職は当然のこととされた。役人も賄賂がなければ働かないのが普通なのである。数千年間ずっとそうなのだ。

支那人や朝鮮人にとって法律を律儀に守る日本人は間抜けにしか見えない。金を拾って交番に届けるなど信じられないことなのだ。拾ったら自分の物にするのが彼らの常識だ。だいいち、警察に届けたら警官が懐に入れるだけだろうと思うのが彼らなのである。

彼らにとっては嘘は生きるための便法でしかない。だから別に嘘をつくことは悪いこととは思っていない。契約も自分の不利益になる状況になったら平気で破る。契約も自分の得になるものなら守る価値がある程度にしか思わないのだ。人との付き合いも同じだ。基本は損得なのである。

日本人が持っている恩義や情けに感謝する感情も彼らにはない。恩義も情けも損得でしか考えないのが彼らの習性なのだ。それは良い悪いの問題ではない。文化・歴史の違いなのである。親切にされると何か魂胆があるのではないかと思うのが彼らの文化なのだ。自分たちが無償で親切にすることはないからである。中国からの出稼ぎ労働者に目をかけて面倒を見ても、彼らは恩義に感じることはない。給料が良いところがあればさっさと移ってしまう。別に彼らにとっては普通のことだ。日本人がそれに腹を立てるのは理不尽なのだ。

歴史的に支那や朝鮮では為政者の搾取が厳しく、官憲も賄賂がなければ言う事を聞かない文化のため、庶民は悲惨な目に遭ってきた。飢餓で何百万もの死者が出るのが彼の土地柄なのだ。そんな国では生きていくのが精一杯で他人を思いやる余裕など無かったのだ。家族ですら弱いものが先に犠牲になった。飢餓で先に死ぬのは子供だ。次が年寄りで、女の順である。それが彼らの人間性になっていったのだ。

支那人や朝鮮人がつく嘘は彼らの損得に関係している。歴史問題に関して日本を貶めることで彼らが得をする状況があれば嘘をつき続ける。反対に嘘が彼らの不利益になれば嘘を改めるだろう。日本人は彼らの嘘に正面から対せず、彼らの不利益になるように働きかけることをしなければなるまい。嘘をつくことが彼らの損になれば嘘はつかなくなるのだ。彼らの嘘とはそういうものなのである。

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