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天皇親政から武家政治へ

日本の天皇家は初代神武天皇が日本という国を統一してから2600年以上日本に君臨している。

現存する日本最初の国史である日本書紀は第40代天武天皇時代に編纂されたという。8世紀の事である。初代神武天皇は日本神話に出てくる天照大神から5代目の子孫とされ、九州から東方を平定しながら橿原の地に都を造って即位したとされている。即位した日が新暦の2月11日と推定されるのでこの日を明治5年に建国記念日とした。

民族の神話は古くからの言い伝えであるからホントかどうかは判らない。どっちでも良いことなのだ。古くからそう伝わっていると云うことが重要なだけである。古い宗教の経典も本当かどうかなど問題ではない。信じるかどうかだけが重要なことだ。日本の神話は日本人にしか意味を持たない。他の民族には無縁のことである。だから日本人なら信じれば良い。なぜなら日本の神話だからだ。日本の神話を信じない輩は日本人ではないということだ。

日本の天皇家は神話に出てくる神々の子孫である。日本人の誰一人として天皇家以外のものは神々まで祖先をたどれない。天皇家だけが遡って神まで辿れるのだ。だから日本の君主で居続けたのだ。誰も天皇に取って代わろうとしたものはいない。世界でも希有のことである。

日本の天皇家が世界でも希有の存在である証左は、一旦君臨した後には王権を禅譲してきたという事実である。他の民族にはこういう例がない。王権の禅譲とは支那の国でいう王権をふさわしいものに譲ると云うことである。その反対が簒奪である。他の民族はほとんどが王権は簒奪されている。武力を持って王権を奪ったと云うことだ。

隣国朝鮮では高麗朝の時代に、支那の明朝と結託した高麗朝の将軍だった李成桂がクーデターを起こし、高麗王を廃して自ら高麗王を名乗った。以来500年間李王朝は続いたが、これが王権簒奪の例だ。

日本では天皇親政の時代が平安時代まで続いた。しかし藤原氏の専横により私物化された国家財政は疲弊した。天皇家は院政という手段で藤原氏から実権を取り返したが、その際に利用したのが武家の武力だった。平清盛がその筆頭だったのだ。しかし清盛は天皇親政を補佐したに過ぎなかった。武家の政治はその後の源頼朝の政治から始まったのである。頼朝は貴族政治から武家の政治へ転換を図った。京都から離れた鎌倉に幕府を置き、国司・地頭の任命権を得て全国を統治することができた。権威は天皇へ、実権は武家が握ったのだ。

その後800年間、武家の政治が続いたが、君主である天皇は絶対的な権威として日本に君臨し続けたのである。