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確信犯・植村隆(元朝日新聞記者)

元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった植村隆氏が、記事を「捏造」と書かれ名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と原稿を掲載した出版社3社に損害賠償や謝罪広告掲載を求めた訴訟の判決が9日、札幌地裁であった。岡山忠広裁判長は「櫻井氏が、植村氏が事実と異なる記事を執筆したと信じたのには相当な理由がある」として請求を棄却した。植村氏は控訴の方針。

岡山裁判長は、櫻井氏の原稿には「社会的評価を低下させる内容がある」と指摘した。ただ、韓国での過去の新聞報道や論文など、櫻井氏が取材過程で参考にした資料は一定の信用性があるもので、植村氏の記事の公正さに疑問を持ったことには相当な理由があったと判断。原稿に公益性が認められることからも、請求を退けた。

判決が出された直後に植村側が掲げた幕を見ると、植村という男がいかに確信犯的であったがわかる。手書きではなくきちんと印刷された文字は前もって用意されたもので、こういう判決が出ることを予想していたからに他ならないからだ。植村は日本の名誉を、嘘を書いてでも傷つけ、現行の体制を覆す勢力に加担しているのだ。当然朝日新聞が後押しをしている勢力でもある。

彼らの行っている捏造報道は確信的に書いているのだ。誤報などではなく捏造なのである。
従軍慰安婦などという名称も捏造で、慰安婦を置く慰安所は民間の営業でしかない。戦場で慰安所を利用した軍隊は日本くらいのものであることは事実である。他国の軍隊は戦場では強姦ですませる。金を出して女を買う軍隊など日本軍以外存在しないのだ。平時ならどこの軍隊も慰安所を使う。戦時下や戦場では銃で脅せば良いわけで、慰安婦など使う必要などないのだ。日本軍だけが戦場でも強姦せずに慰安所を使ったのだ。だから戦場となった東南アジアで日本人との混血児は少ないのだ。

ベトナム戦争では韓国軍が最大5万人派遣されているが、戦場で強姦しまくった結果、3万人の混血児が残されたと推測されている。残された混血児は”ライダイハン”と呼ばれて謂われなき差別を受けた。白人の軍隊も戦場では全て強姦で済ませる。キリスト教国では慰安所などは公に置けないからだ。アメリカ軍は自由恋愛だとうそぶく。戦場となった地域では必ず白人との混血児が残されてきたのは歴史上の事実である。日本軍のいた戦場だけは残された日本人との混血児が少ない事実が日本軍の軍律の厳しさを示しているのだ。

日本が果たした歴史的偉業

我祖国・日本のことを知れば知るほど、日本が人類の歴史に果たした偉業がはっきりしてくる。

日本は世界で唯一、古代国家が革命などを経ずに近代化した国である。統一国家であるその歴史は2000年以上。しかも日本列島には1万2千年前から日本人の祖先が住んでいたことが近年解ってきた。人類誕生のアフリカからはるかに渡ってきた祖先が安住の地として住んでいたのだ。

白人種が世界侵略に血道を上げていた15世紀から18世紀にかけての時代は、日本の室町時代後期から江戸時代にかけての時代である。
最初に世界侵略を始めたのはスペインとポルトガルであった。両国はアメリカ大陸に到達して先住民を惨殺し古代文明を破壊した。侵略の証は現在の南米に残っている言語だ。南米の西側はスペイン語、東側はポルトガル語だ。アジアでも同じように残っている言語で侵略の有無が判る。

次に世界侵略に加わったのがヨーロッパ各国である。イギリス、フランス、ドイツ、オランダが続いた。イギリスとフランスはアメリカ大陸の北側を侵略し、後に植民地だったところがアメリカとカナダとして独立した。イギリスはその後アジアを侵略し、インド、オーストラリア、インドネシアを植民地とし、フランスはベトナム、カンボジアなどを植民地とした。ドイツは南洋諸島を侵略し領土とした。植民地とは奴隷農場のことである。アフリカはヨーロッパ各国の取り放題の土地になって、先住民たちは奴隷として拉致され売買された。

もっとも奴隷を買った国がイギリスから独立したアメリカであった。アメリカは先住民の土地を奪って絶滅に追い込み、スペインの植民地を奪って領土を広げていった。ヨーロッパ各国が最後に狙ったのがシナ(チャイナ)である。当時は清帝国だ。

19世紀には白人種は有色人種を奴隷にし、有色人種から搾り取ったもので栄華を築いていた。その間、古代文明も古代国家もことごとく滅んでいった。唯一残ったのが日本という古代国家だったのである。

日本は幕末、清帝国が白人種の侵略に晒されているのを見て平和ボケから覚醒する。支配階級だった武士階級が自ら身分を捨てて国民国家になったのである。こういう国は歴史上他にはない。

日本は白人種の侵略に備えるために国民皆兵となり、軍事力を強化した。国土防衛に不可欠だったのが朝鮮半島の独立だった。朝鮮半島は大陸からの侵略の道だったからである。しかし朝鮮は中華思想に凝り固まり、清帝国の属国の地位を捨てず自主独立の気がなかった。朝鮮の独立をかけて戦ったのが日清戦争である。日清戦争に勝利し朝鮮の独立を勝ち取ったものの、当の朝鮮はロシアの勢力下に入ろうとした。再び朝鮮の独立のため戦ったのが日露戦争である。日露戦争は世界の歴史上初めて、有色人種と白人種の一騎打ちだった。

日露戦争に勝った日本は世界の歴史を変えた。有色人種の日本を白人種世界が認めざるを得なくなったからだ。イギリスがロシア牽制のために軍事同盟を結んだのも日本の軍事力を頼みにしたからだ。その後勃発した第1次世界大戦では日本は連合国側としてドイツと闘った。シナ大陸にあったドイツ領遼東半島や南洋諸島にあったドイツ領は全て日本領になった。台湾の覇権も朝鮮の併合も南満州の獲得も戦勝の結果である。

南満州には日本や朝鮮からの開拓民が新天地を求めて広がっていった。当時南満州鉄道沿線はアジアで最も栄えた土地となった。しかし満州には盗賊の集まりのような軍閥が割拠して治安はすこぶる悪かった。日本の関東軍はその治安維持にあたっていた軍隊だ。第1次大戦中に起きたロシア革命で共産軍は日露国境を越えてテロ行為を働いた。シベリア出兵にでた日本軍は共産軍のテロ行為から邦人の安全を守るためにソ満国境に駐留を続けてアメリカなどの批判を受けたが、日本人殺害などの被害は広がる一方だった。

清帝国が滅んだ辛亥革命以降、シナ大陸は北京の中華民国と南京の国民党政府が両立し、毛沢東率いる共産軍がテロ行為を働く3つ巴の状態だった。日本は北京政府を承認して満州などの利権を認めさせることに腐心したが、蒋介石率いる国民党政府軍が北伐を始め、日本人居留民を襲うようになった。蒋介石はアメリカの支援を受けて日本を大陸から締め出すために各地で俳日活動をしたのだ。

アメリカはシナ大陸に市場を築くために邪魔な日本を締め出したかった。シナ大陸での排日運動はアメリカが宣教師を使って仕掛けていたのだ。シナ人の学生などを雇って日本製品を批判させ、アメリカ製品を買わせる運動だったのである。国民政府軍には武器弾薬をはじめ戦闘機まで貸し出して支援していた。戦闘機には操縦が出来ないシナ人の代わりにアメリカ人の操縦士まで派遣していた。フライングタイガーズ部隊が有名である。アメリカはイギリスを味方にするために日英同盟を破棄させる工作をする。日本はまんまとアメリカの策謀に乗ってしまう。

この時代のシナ大陸での戦闘を「戦争」と言わず「事変」という訳は、背後にいたアメリカやイギリスと戦争をするわけにはいかないという日本の立場があったからだ。しかも直接戦った相手は国ではなく、覇権争いをしていた蒋介石の私兵に過ぎなかったからである。日中戦争などという名称は後に覇権を手に入れた毛沢東が言い出した歴史捏造でしかない。

しかしアメリカの支援を絶たなければ戦闘は泥沼化するのが見えていた。そこで日本はインドシナ各地を経由していたアメリカからの物資経路を断つ作戦に出る。香港ルートや仏印ルートなどは遮断できたが、ビルマルートはイギリス領からのルートであったため遮断は困難だった。

アメリカは執拗にシナ大陸から日本を締め出す活動を続けて、最後通牒ともいえる「ハルノート」を日本に突きつけ、石油を禁輸するという手段に出た。当時日本は石油の95%をアメリカからの輸入に依存していたのだ。ついに日本はアメリアとイギリスに宣戦布告することを決意し、本格的な進軍を開始する。

一番重要なことはアジアからイギリスの勢力を駆逐することだった。イギリスはシンガポール港に東洋艦隊を置き、アジアを支配していた。日本軍はいち早くシンガポールを攻略する。アメリカはフィリピンをスペインから奪って植民地していたのでフィリピン攻略も作戦の一つであった。またアメリカの太平洋艦隊はハワイを拠点にしていたので、日本軍はハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊を叩きに行った。

こうして始まった日本とアメリカ・イギリスの戦争だったが、初戦で日本軍はアジアからイギリス、アメリカ、フランス、オランダの白人種を駆逐してしまった。植民地として数百年の間白人種の奴隷にされていたアジア人たちは日本の援助を受けて独立をしていった。

アメリカは初戦こそ負けていたものの、ミッドウエイ海戦で日本海軍の主力空母を撃沈してから挽回し、物量に物を言わせて南洋諸島を奪還していった。飛び石的に南洋諸島に飛行場を建設し、日本本土の爆撃を開始したアメリカ軍は、日本の各都市250か所に及ぶ空爆を行い、無差別に非戦闘員を殺害した。最後には原爆の実験をするためにタイプの違う原爆を広島と長崎に落としている。日本の被害は殺された者80万人に及ぶ。すべて非戦闘員であり、女子供、老人であった。

原爆を投下する都市は前もって選択されていて、被害を容易に検証できるような地形の都市が選ばれている。京都、広島、小倉、新潟などが候補であったが、最終的には広島と小倉が目標となった。広島にはリトルボーイ(ウラニュウム235)と呼ばれるタイプ、小倉にはファットマン(プルトニュウム239)と呼ばれるタイプだった。しかし広島にはそのまま投下したが、小倉には上空の天候が悪かったため急遽長崎に投下したのだ。

広島の原爆被害は終戦後アメリカ軍が徹底的に調査した。被害者の治療などは一切せずに観察したという。正に原爆の人体実験をアメリカは行ったのだ。21世紀になっても人種差別を続けているアメリカは、日本と戦争をした当時は日本人など人間とは思っていなかったのだ。なにしろアメリカ先住民をことごとく惨殺し、アフリカ黒人を家畜のように奴隷にしていた国だ。

日本がアジアから白人種を駆逐して以来、日本の敗戦後戻ってきた白人種たちに原住民は既に従わなくなっていた。アジアもアフリカも日本が白人種と闘ったのを見て独立をするようになったのである。アメリカの黒人たちも、アフリカの独立国の黒人たちが自由にアメリカで振舞うのを見て民権運動を始めたのだ。そのきっかけを作ったのが日本なのである。

日本という国は世界のどことも似ていない。深夜の道路脇に煌々と明かりがついた無人の自動販売機などは日本だけの情景だ。農家の庭先には野菜が並べられて代金を入れる箱が置いてある。見張りもいなければ監視カメラもない。天変地異で大災害が起きても暴徒が略奪することなど起きない。災害地では商店が半値で特売をする。こういう国は他にはどこにも存在しないのだ。

戦後アメリカ文化が幅を利かせて、損得勘定で動く者が溢れた。アメリカ人の勝ち負けの価値観である。経済的に裕福な者が勝ち組と称して優越感に浸る価値観だ。アメリカは建国の歴史が浅い未熟な国だ。価値観は生き残りのためのものでしかない。伝統などもなく中世を経験していないために騎士道も育たなかった。日本でいう武士道だ。騎士道や武士道は勝つことだけが価値があるとは思わないものだ。負けた者への同情や畏敬の念も大事にする。

日本にはかつて正札という値札があった。デパートで商品が正札で売られていた時代は誰も値切ることなど考えもしなかった。正札という値札は適正な価格だったからだ。ところがアメリカ文化が蔓延ってからは、正札がなくなって誰もが値切るようになった。安売り店も出るようになって適正価格はなくなってしまった。海外旅行をする日本人が値切らないのでカモにされた時代がある。日本以外では値札は暴利が普通だったからである。今の日本でも値札から値引き額が表示されていることが多くなった。日本人が白人種のように退化しているからだ。

世界では今日本価格という概念があるそうだ。日本製の商品は他国の商品よりも高くても売れるということらしい。それほど日本製品は高品質で誤魔化しがないのだ。日本という国は世界でも稀有な正直者の国なのである。

日本は戦争も正直に行った。無差別爆撃もしたことなどない。重慶爆撃は蒋介石が卑怯にも市街地のど真ん中に高射砲を置くという非人道的なことをしたので仕方なく行った市街地爆撃だった。それでも5年間の爆撃で亡くなったシナ人の数は1万2千人だ。アメリカの空襲で亡くなった日本人は3年間で80万人である。

正直に行ったために敵の捕虜の数は常に数十万人になってしまった。喰わせるだけでも大変だった。アメリカは敵を皆殺しにするので捕虜など取らなかった。捕虜にするのは白人同士の戦争の時だけなのである。人種差別というのはこういうことをすることを言うのだ。

正々堂々と戦い、国際法を頑なに守って戦ったのが日本なのである。シナ人やロシア人は戦争を略奪のために行った。シナ大陸ではどこでもシナ人やロシア人の略奪の場であった。アメリカも殺戮を目的に戦った。だから原爆も落としたのだ。当時のアメリカは日本民族を絶滅させようとしていたのだ。

国際連盟で人種差別撤廃を憲章に入れるべきと主張した日本に対してアメリカは大反対して廃案にした。日本の影響下にあった満州国は迫害を受けていたユダヤ人を無条件で受け入れてナチスと対立している。人種差別をする白人種国と真っ向から戦った国は日本だけなのである。

日本建国の歴史

戦後の三流学者がすったもんだした挙げ句、日本の建国の歴史をねじ曲げてしまった典型的な例が「邪馬台国が後の大和朝廷である」かのようなデタラメである。そもそも「邪馬台国」や「卑弥呼」のような文字はわざわざ卑しい文字を使っているもので、支那人が他国や他民族を軽蔑して使う典型的な例だ。「倭人」の「倭」という文字も「小さく卑しい」という意味の文字なのである。しかもこれらの国の人々は体中に入れ墨をする風習を持っていたと支那の書籍(魏志倭人伝など)には書いてある。また倭人達は支那に朝貢する際「生口」を贈ったとある。奴隷のことだ。入れ墨の習慣と奴隷を使っていたということからして、倭人が天孫族とは到底思えない。天孫族の神話にはそうした話が一切出てこないからだ。初期の大和朝廷が支那の国に朝貢した際にも奴隷を贈っていた記事など無い。まして入れ墨の習慣も皆無だ。

邪馬台国は北九州にあった小国の一つで、金印が発見された「漢委奴国王」がいた国もそうした小国の一つなのだ。漢書には倭人の国は数百に分かれていたという記事がある。そして倭人の国は半島の南側だったことが支那の書からもわかる。半島の南側から北九州はほとんど一体で、倭人は行き来をしていた。その証拠が半島の南側で発見された古墳や遺跡なのだ。遺跡と言えば半島の紀元前1万年以前の地層からは土器が発見されている。ところが紀元前1万年から前5千年までの地層からは遺跡や土器は発見されていないという。つまりその時代に半島には人が住んでいなかったということだ。

日本でも旧石器時代の地層からの土器の発見が近年相次ぎ、その年代は紀元前1万2千年ごろとわかっている。世界で最も古い土器が日本で発見されているのだ。それからすると半島に人がいなかった時代に日本列島には既に人がいて、繁栄していたことがわかる。日本語が朝鮮語とも中国語とも似ていない理由だ。つまり日本人の祖先は半島からきたのではないと云うことだ。沖縄人も大陸や台湾からの流入ではないことがわかっている。DNAは日本人に近いのだ。

古事記や日本書紀にある「神武東征」の記述も、近年の地質学の成果で、大阪平野の発達史からみると、紀元前1千年から前50年ごろの河内潟の地形が「神武東征」に出てくる大阪付近に上陸した記述に一致することが分かったというのだ。その前後の時代の地形では全く一致しないことからこの時代しかあり得ないことも分かっている。つまり「神武東征」の記述は史実だったとわかるのである。各地に残る言い伝えも史実である証拠なのである。

戦後の日本人は古事記や日本書紀という日本人の祖先が残した歴史書を、アメリカ占領軍の策謀を真に受けて無視してきた。そのために建国の歴史が全く分からなくなってしまった。日本は世界でも希有な2000年以上も君主の家系が交代したことのない国である。しかもその君主は祖先を辿れば神になるのだ。神話に繋がる家系の君主は天皇を除けば遙か昔に全て滅んでしまった。日本の天皇だけが神代の時代から続く歴史を守って存在しているのだ。なぜか。

古代ギリシャ、古代エジプト、古代ローマなどの古代国家は神話を持っており国王は神の子孫だった。それは日本の天皇と同じだ。ところが日本以外の古代国家は、国民・大衆を虐げ搾取して、王家は自分たちの繁栄だけを追い求めたために悉く滅んだのだ。日本の天皇は国民・大衆を虐げることをしなかった。だから滅ぼす者がいなかったのである。もう一つ日本の天皇家は土着の民族や新興の豪族とは争わず姻戚関係を持つことにより共存共栄していったという歴史がある。それも古代国家が王家の血筋だけを守ろうとして滅んでいったのと対照的なことだ。

敗戦でアメリカ占領軍に蹂躙された日本も、そろそろ自主独立を果たすに十分な時間を過ごした。日本という国は世界でも二つと無い神の子孫が統治する国である。政治は国民の代表者が責任を持って行う民主国家だ。君主を最高権威として敬い、君主の希望する和の政治を行うのが政府の務めだ。国民は平和を祈る君主に見習い、争わず和をもって生きるのが務めである。

しかし他国が日本の君主の祈りを聞くとは限らない。事ある場合は一致団結して国難に当たるのも国民の務めである。個人は皆のために皆は個人のために働き生きるのが日本人なのだ。

ちなみに「天皇の最も重要な仕事は何か」と聞かれて答えられるだろうか。答えは「祈ること」である。日本の天皇は神道の最高神主なのだ。神事は何事にも先んじて行われ、いわゆる国事はその次なのである。アメリカ占領軍は神事を忘れさせるために日本の祭日や祝日を意味のないものに変えてしまった。そのことも取り戻さなければなるまい。

建国記念の日「2月11日」言わずと知れた建国記念日だ。初代天皇・神武天皇が即位した日である。

春分の日「3月20日」春期皇霊祭 歴代天皇や皇族を祀る儀式を行う日である。

昭和の日「4月29日」昭和天皇の誕生日を祝う日である。

こどもの日「5月5日」端午の節句 子供の成長と幸福を願う日。

秋分の日「9月22日~24日」秋季皇霊祭 歴代天皇や皇族を祀る日。

文化の日「11月3日」明治天皇の誕生日を祝う日。

勤労感謝の日「11月23日」新嘗祭 1年の収穫を感謝する神事。

その他にも戦後廃止された祭日がある。それらは全て日本人が最も大切にしてきたものを表しているのだ。

敗戦後の裏切り者

日本がアメリカとの戦争で負けた後、日本は7年間アメリカ軍に占領統治された。その期間は日本人に一切の自由も権限もなかった。何事もマッカーサーが率いるGHQが決めたからだ。言論の自由も、憲法を改正する権限も、教育の自由も何もかも日本人には一切無かったのである。米兵の犯罪も隠されて日本人には全く知らされもしなかった。特に強姦事件が多かったのは特筆すべき事だろう。事件の隠蔽に協力したのがNHKであり朝日や毎日の新聞社だったのだ。

言論統制で最も厳しかったものが戦前の日本の立場を肯定する言論の禁止だった。歴史に関するものも皇室を肯定するものは禁止された。戦前の日本の立場を正しく著した書籍は悉く集められ焼かれてしまった。それにも数多くの日本人がバイトとして協力した。戦争に負けた日本人の中には奴隷に成り下がった者がいたと言うことだ。集められて燃やされた書籍その数7000冊。本当の戦争の原因などを解説した書籍などが燃やされて、戦後の日本人は正しい歴史に触れることができなくなってしまったのだ。

学者も選別され日本の立場を肯定する学者は排除された。簡単に言うと古事記、日本書紀を肯定する学者は公職を追放された。つまり自分の国の歴史を普通に教えていた学者は首になり、その後路頭に迷うことになったのである。年金さえもらえなくなったのだ。大学だけでなく地方の小・中学校の教職員さえ追放された。その数5千人、追放されるまでもなく嘘の教育をさせられることを拒否した11万6千人が自ら辞職している。公職追放を推進したのが、共産主義者や卑怯な迎合をした密告者達だった。密告者に告げ口をされればすぐに職を失う。さもしい連中は嘘の教育を次第に喜んで行うようになった。

まともな教育者の代わりに、日本の皇室を否定し日本の歴史を否定する者や、共産革命を目指して活動していた共産主義者や、職を奪われることを恐れた卑怯な転向学者がその地位に就くことになった。この時から日本の学者は、祖国を否定して亡国を目指すようなゆがんだ者たちの集まりとなったのである。特に歴史学者は人間性を失った卑怯者や、祖国を裏切った者たちの集まりとなった。他の学者達も、まともな者たちは追放されたために二流・三流の集まりとなってしまった。

これら転向学者は共産革命が起きれば必ず起きるであろう凄惨な旧体制派の処刑を恐れたのだ。ロシア革命ではロマノフ王家は女子供を含めて皆殺しになった。旧体制派の役人や学者も悉く殺された。昭和20年代初期はまさに革命前夜だと思われていたのだ。

GHQは教職員達に労働組合を組織させ、日本人を子供の時から祖国を誇れないような国民になるよう教育することにした。その片棒を担いだ代表者が共産主義者の羽仁五郎である。日教組の代表としてソ連や共産中国の援助を受け日本民族を滅ぼす活動を営々と行ったのだ。アメリカ軍は日本人を戦争で皆殺しにはできなかった。その代わり時間をかけて死んだも同然にしようとしたのである。日本人は白人種に公然と逆らった唯一の有色人種だったからである。アメリカは白人至上主義で人種差別の国なのだ。

そんなアメリカに好まれた二流三龍の学者たちとは東大総長・南原繁矢内原忠雄、法政大学総長の大内兵衛、京大総長の滝川幸辰、一橋学長の都留重人などである。戦後に転向した卑怯極まりない学者は、家永三郎石母田正井上光貞丸山真男などだ。歴史学者では和辻哲郎白鳥庫吉江上波夫田中卓井上光貞直木孝次郎古田武彦上田正昭などが祖国の正しい歴史を命惜しさにねじ曲げ、今日の反日勢力の元を作ったのである。

まともな学者の教職追放のせいで終戦直後に東大教授になった三流学者の典型が東大法医学部教授の古畑種基だろう。古畑が鑑定を行った殺人事件のうち、弘前事件(判決:懲役15年)、財田川事件(判決:死刑)、松山事件(判決:死刑)、島田事件(判決:死刑)には鑑定に問題があり、実際には冤罪だった。これらのいずれの事件も後に再審で判決が覆されて無罪が言い渡されている。国鉄総裁下山事件の際も古畑は死後轢断と判定して、慶応大学の生前轢断判定と真っ向から対立した。推理作家の松本清張も古畑の判定を採用してGHQの陰謀であると推理しているが、慶応大学の判定が正しければ自殺の可能性が高い。

また東大病理学教授の緒方知三郎も三流以下のとんでもない人物だ。唾液腺ホルモンなどというありもしないものを発見したとして、骨の生成や若返りの効果があると言ったので、厚生省が効果を認めていた。ところが緒方が死んでから、効果なしとして認定が取り消されたという代物なのである。緒方はかの有名な緒方洪庵の孫なのだが、東大教授の肩書きがものを言っていたのだ。これらの三流以下の学者達は戦前なら決して教授になどなれる器ではなかった。

それら裏切り者達の同類や弟子が今日でも日本の学会を牛耳り、日本人の品格を損なっている。法政大学の政治学者だという山口二郎などは品格を損なった代表のような存在だ。学者である前に人間として品がない。

もちろん日本の知識層がこういう為体だったわけだから文化自体も偽物や三流どころが幅をきかせた。歴史小説で国民的人気を博した司馬遼太郎の歴史観も、戦後の日本建国の歴史否定の影響を受けてねじ曲がったものである。また彼の小説も歴史的事実とはかけ離れたもので、人気があるだけに事実誤認の元となっている。

アメリカとの戦争を戦ったのは明治末期から大正生まれの人々が主体であった。戦死した人々はほとんどが己の信念に従って死んでいった。戦後の復興も信念を持った大正生まれの人々の努力のお陰だと思う。生き残った人々のうち信念を持たない者達や命惜しさに信念どころか魂まで捨て去った者達は、何を誇りに生きてきたのだろうか。情けない限りである。

私の父は大正8年生まれの陸軍士官学校出身の陸軍少尉として対英米戦争に参戦している。赴任地は満州の関東軍であった。昭和16年から4年間、満州国は中立国だったために戦闘らしい戦闘も経験せず、終戦間際にインドシナに単身赴任して敗戦となり、戻ってきたイギリス軍の捕虜になったという。本国から武装解除の指令を受けて武装解除を自ら行っているから負けた気もしなかったという。しかしその後部下の中にはゲリラになって独立戦争を戦うべきだという者がいたそうだ。インドシナを白人種の植民地から解放したという思いが強かった証拠だろう。共産軍と合流しても良いという部下もいたという。しかし父は部下達をなだめて本国に帰らせることに腐心したと回顧録に書いている。ところが帰国してみると軍部が解体され仕事もなく、炭鉱で石炭掘りをする重労働しかなかった。そこに労働組合ができて政治闘争が活発化した。後の社会党委員長成田知巳と一緒に活動したこともあったそうだ。士官学校を出た軍人ですら、敗戦後の日本で信念を貫くのは難しかったようである。それでも父は朝鮮戦争後再び軍備が必要とされたので自衛隊に入った。一時とはいえ労働運動をしていたせいで出世は望めなかった。自衛隊での父は小説ばかり読んでいる暇なオヤジだったようだ。それでも自分の半生を回顧録に残してくれた。少なくとも父は裏切り者では無かったようである。

自虐史観の哀れさ

テリー伊藤というタレントがいる。以前は馬鹿げたTV番組のディレクターだったらしい。プロ野球巨人軍のファンでも有名のようだ。しかしこの男の人間性に首をかしげたくなるようなことがあった。

2018年8月26日の巨人阪神戦、8対3で勝っていた8回に、中継ぎか抑えで登板した沢村が乱調で逆転のきっかけを作り、結局逆転負けした試合の翌日のことである。テリー伊藤は「沢村はよく巨人軍のユニフォーム着ていられるよなあ」とか「何度も崖から飛び込んで死んでくれよ」などとラジオで言っていたのだ。この男本当に巨人のファンなのだろうかと思った。

巨人のファンには巨人が好きというのではなく「勝つチーム」が好きという輩が多いのが実情だ。自分が応援するチームは常に勝つチームだという一種の優越感を持ちたい連中なのだ。おそらくテリー伊藤もそういう輩なのだ思う。別に巨人というチームが好きなのではないのだ。自分が応援するチームは必ず勝つという優越感を持ちたいのだろう。だからヘマをした選手に平気で「死ね!」などと暴言が吐けるのだ。

阪神ファンは少し異質だが、広島や横浜のファンは勝っても負けても贔屓のチームを応援する本当のファンであることが多い。巨人ファンはどうもうさんくさい。テリー伊藤などは野球が好きとは思えない。

そのテリー伊藤は自虐史観の持ち主でもある。北朝鮮の拉致被害者問題に関するTV討論会か何かで「北朝鮮は被害者意識があるんだから一方的に加害者として糾弾しても無理がある」としたり顔で言ったそうだ。北朝鮮が被害者意識でいるというのは政治的戦略としてそういう立場を主張しているだけで実際の被害者なのではない。一方拉致問題は金正日が白状したように北朝鮮はれっきとした加害者である。なにをもってテリー伊藤は北朝鮮の戦略的立場を擁護するのか、この男の無見識さに呆れる。

日本は朝鮮を植民地にしたことなどない。まして侵略してもいない。秀吉の話がよく出るが、秀吉軍は朝鮮半島を通っただけだ。そもそも朝鮮半島は何もない土地だから植民地にもできないし侵略する意味もない。国防的には独立国でいてくれれば良かっただけである。それが日清・日露の戦争の目的でもあった。朝鮮は自立独立ができなかったのである。

日韓併合は未開の国朝鮮を近代化するために日本が苦労して金をつぎ込んだ期間のことを言うのだ。併合36年間で餓死者がなくなり、人口は倍以上になった。焼き畑農業しか知らなかった朝鮮人に稲作を教えてやったからである。焼き畑でハゲ山になった山々にも植林という事業を教えてやった。道も作った。糞も小便も垂れ流していたので下水道を作ってやった。鉄道を敷き、ダムを造った。1000年間未開のままだった国がまがりなりにも国らしくなったのはこの期間があったからだ。病院も学校もほとんどなかったのだ。国民の8割が文盲だった。ハングルを正式に国語にしたのもこの期間からだ。それまでは漢字が国語だったのだ。その証拠にハングルで書かれた古典や学術書などは皆無だ。そう言うと「ある」と言って出してくる書物は日記か手記の類いだそうだ。

ハングルだけでは書籍がないので日本語も教科書では併記して教えた。だからそのときに教育を受けた朝鮮人は日本語ができて日本の学術書で勉強することができたのである。それまでなぜハングルが普及しなかったかというと、ハングルは4世「世宗」が国民のために作ってやったのだが、女子供の文字ということで蔑まれてきたからなのだ。

戦後は日本が投資した施設や資産を食い潰して韓国も北朝鮮も発展できた。日本はそれら国民の財産を回収することもできず要求もせず、更に泥棒に追い銭を与える行為をして、只ひたすら戦争に負けたための負け犬に成り下がってきたのだ。朝鮮人が被害者だと言っているのは完全に戦略的なデマなのである。

そういうデマを盲信している自虐史観の持ち主は日本人としての誇りも持てない哀れな人種である。だからファンであるはずのチームの選手に、失敗したからといって「死ね!」などと言うのだろう。

朝鮮人が日本の善行を認めない理由

日韓併合は日本がロシア、支那の侵略から自国を防衛するためにやむを得ず行ったことだったが、独立国としてまともなことができない朝鮮を諸外国が見捨てたために、日本が面倒を見るほかなかったというのが正しい見方だろう。アメリカなどはさっさと領事館を引き上げて日本に朝鮮統治を促したほどだ。その代わりフィリピンの統治を認めろと言ってきた。

朝鮮人にとっては宗主国だった支那も、頼ったロシアも日本に戦争で負けてしまったので日本を頼るしか道がなかった。過去1000年の間支那の属国としてしか過ごしてこなかったために、独立国としての振る舞いは不可能だったからである。外交も内政も全て宗主国にお伺いを立てるしか方法を知らなかったのだ。だから併合後は日本から指導を受けるしかなかった。

朝鮮人は長年支那の威光を背景に日本に対して侮蔑意識を抱いていた。自分たちは中華の一員で日本人などは小国の野蛮人だという意識でいたのだ。今でもその意識は強い。国が反日教育をしているから尚更である。特に両斑と呼ばれる、科挙に合格をした高級官僚が後に貴族化した階級者は、日本人を徹底的に侮蔑していた。なぜなら日本は支那の冊封を受けていなかったからである。

国民のほんの8%に過ぎない両斑たちは私利私欲に走り、国民から搾取の限りを尽くしていた。そのため併合前の朝鮮は未開の国だったのである。8割が文盲だった。なにしろ国民のための学校などなかったのだ。さらに国民の半数近くは奴隷という階級であった。同民族を20世紀まで奴隷としてきた民族は朝鮮人しかいない。それだけ未開人だったのである。

こういう民族を日本は四民平等の近代的な国にしようとした。国民の半数近くの奴隷階級者は名前すらもっていなかった。併合時代に日本名を名乗った人々はこうした階級の人々なのである。日本本国との行き来も自由になった。日本には正規・不正規を会わせ終戦当時には270万人の朝鮮人が住み着いていた。

ちなみに終戦直後朝鮮は日本に住む朝鮮人の国籍は朝鮮であると主張し、GHQもそれを認めて日本に住む朝鮮人を帰国させるよう日本政府に指示した。帰国は無償で行われ、210万人が帰国した。残った60万人がいわゆる在日朝鮮人なのである。朝鮮国籍を持つ日本在住者という意味だ。もちろん残ったのは自由意志である。ほとんどが済州島などの出身者で奴隷階級などの最下層に属していた人々だ。だから帰国などしなかったのだ。

朝鮮人の価値判断は「正しいかどうか」ではない。「得かどうか」である。なぜそういう価値判断になったかというと、歴史的に法治国家だったためしがなかったからだ。全てを統治者が決める人治国家だったからである。地位のある者が決めたことが正しいことで、それが理論的に正しいかとか道理に適っているなどは関係ない世界だったからである。だから自分にとって得かどうかが重要になってくるのだ。今でも朝鮮人が契約を守らないので嫌われているが、自分に得なうちは契約を守るが損な状況になったらあっさり破棄するのが朝鮮人なのだ。そのときの理由が「状況が変わったから」というのが常である。政治家も同じ言い訳をして国との条約を反故にする。それが世界常識に反しているとは思っていないのだ。

また軽蔑すべき相手だと思っている日本に、未開だった国を近代化してもらったなどとは思いたくもないし、あるまじき事だと思っている。個々人は好きでも民族的には野蛮人だと思っているのだから絶対に日本が良いことをしたなどとは言いたくもないし認めない。それが朝鮮人の本音なのだ。反日教育で日本人は悪魔であるかのように教えられて、日本に来てみたら全く違っていたので驚いたという韓国人は多い。ところが韓国に帰って国の教育が間違っているなどと言ったら、韓国には住めない。悪くすると殺される。そういう国だし民族なのだとしっかり知っておくことである。朝鮮人は日本の侵略を受けた被害者などではない。政治的戦略で被害者を演じているだけである。

我々日本人の価値判断は正しいかどうかである。本物であるか偽物かで価値を判断している。自分が日本人だと思うなら歴史的事実を正しいかどうか調べたりするべきだろう。日本が本当にアジア侵略をしたのかどうか。朝鮮半島を侵略して植民地にしたのかどうか。日本人として誇りがあるなら他国が言っていることや反日勢力が言っていることに疑問を持つべきだ。

私の父は終戦時、陸軍士官学校出の陸軍少尉だった。満州の関東軍に配属されて、終戦直前にインドシナに単身赴任して終戦後イギリス軍の捕虜になった。父親や祖父が戦ってきた戦争で日本軍が支那やアジアで残虐なことをしたなどとは信じられなかった。だから自分なりに調べたのだ。案の定、日本軍の残虐行為はほとんどデマだとわかった。支那大陸での残虐行為はみな支那人の仕業だった。歴史を調べれば日本人にはできない行為だったことがわかる。反対に支那人にとっては日常的にしてきた行為なのだ。日本人なら事実を知れ!

対ポーランド戦

FIFAワールドサッカーでグループ最終戦に臨んだ日本代表チームが、負けていながら最後の10分間に見せた消極的とも思える戦術に賛否両論だという。日本の武士道的にはもっと正々堂々と最後まで積極的に攻めて戦うべきだったという考えがあるようだが、無責任な考えだと思う。

日本人は武士道精神をはき違えることがある。武士道精神はこちらが強い時には弱いものを滅ぼさない精神、弱い時には相手に慈悲を請わない精神を言う。つまりこちらが強ければ相手を追い詰めずだめを押さない。しかし弱い時や負けている時には相手に慈悲を請わないで潔く死力を尽くすことが正々堂々とすると言うことだ。勝っている時はいい気にならず、負けている時はやけにならないのが武士道精神なのだ。

ポーランドは元々FIFAランキング上位の格上チームであることを忘れてはならない。西野監督も選手たちもそれを熟知していた。1点取られた程度で済んでいたのが上出来だったのである。正々堂々と戦っても普通に勝てる相手では本来ないのだ。解説者や身贔屓のファンは今回の日本代表チームの破格の勝ちっぷりに有頂天になり武士道精神を忘れたと言って良い。

日本代表チームはもう1点取られることを避けるためにあえて攻撃的な作戦は採らなかったのである。もし同点を狙って攻めていれば失点していたかも知れないのだ。コロンビアの勝ちに賭けた綱渡りだったが、有頂天にならず冷静に1点の負けで留めることができた作戦勝ちと言えるのではないだろうか。

決勝ラウンドはさらに格上のチームや勢いに乗るチームが相手だ。負けても正々堂々とフェアプレイ精神で戦ってほしいと思う。

確証なしの糾弾、同調するバカ

このところのマスコミに踊らされた野党の安倍内閣攻撃は、バカ丸出しで恥も知らない国費の無駄使いばかりである。国会の費用は1日に3億円だそうだ。審議拒否を続けた野党は9連休を楽しんだ輩もいたという。そういう輩にも国費は払われているのだ。朝日や毎日を未だに読んでいる団塊の世代を中心にした能天気派は、こういう国費の無駄使いには無関心だ。

朝日や毎日、東京などの各新聞は憲法改正を阻止するために安倍内閣攻撃をしている。日本のためとか国益とかアジア情勢などには一切お構いなしの、ただただ憲法改正を阻止したいための攻撃なのだ。ねつ造記事や報道しない自由を振りかざして反日活動を続けてきた朝日新聞やお追従の毎日新聞、共産党シンパの記者を抱える東京新聞などは、北朝鮮や共産中国の国益のために日本を貶め政府のあら捜しをして攻撃してきた。それらを支えてきたのが60年安保や70年安保の学生運動を経験してきた団塊の世代だ。

日米安保条約改正案を読みもしないで改正に反対していた能天気な輩が、今憲法改正に闇雲に反対している。自分の頭で物を考えず皆とツルムことでしか行動してこなかった連中も、数が多いだけに厄介な存在なのだ。アメリカ占領軍の洗脳にドップリ浸かってしまい、その後も自分の頭で歴史観を構築しなかった連中だが、還暦をとうに過ぎて今更覚醒するはずもない全く邪魔な存在である。

朝日などが仕掛けた確証のない疑惑だけで政府攻撃をする「魔女狩り」戦法も、腐敗した役人の中にいる反政府活動家のリークに助けられて、次々に新たな疑惑を生むという事態になってきた。戦後70年以上経って役人になった共産主義者や反日思想家が、杜撰な管理と出鱈目な行政をしてきたことを隠そうともしなくなった末期的な状態なのだ。

役人が腐敗し、国家のためでなく自分たちの利権のための天下り先の斡旋などを日常的に行ってきた現状が明るみに出たが、政府攻撃のために情報をリークすることで人気を得たのか、講演に担ぎ出されたりしているという。文科省は大学とつるんで天下り先の確保にいそしみ、財務省は家計簿理論で国家財政より自分たちの退職金確保を優先している為体だ。そうした役人の腐敗がどうして現政府の責任なのか。現政府には監督責任はあっても大臣が辞職をするような責任などない。

籠池は詐欺師で財務省が体もなく騙されて買いたたかれたのが森友問題の本質だ。獣医学部新設を阻止していた文科省が天下り先の大学とつるんで規制していたため、安倍総理が行政改革の一つとして特区を設けて風穴を開けたのが加計問題の本質だ。役人の怠慢や腐敗で規制過多になった行政を、政治家主導で改革することにケチをつけているのが今のマスコミや野党なのだ。マスコミのご都合主義に騙されて現政府批判を真に受けるなど、事の本質がバカにはわからないのかとつくづく思う。

こういう常識的なことが朝日や毎日の読者には解らないらしい。毎日のように疑惑や責任論を読まされているとそうかもしれないと思うらしく、常識人のはずの知人の中にも現政府や安倍総理が信頼できないと言い出している連中がいる。情けない話である。新聞のプロパガンダはじわじわ効いてきて、対米英戦争にもそうして洗脳されたあげく突入したに違いないのだ。戦前を嫌悪しているはずの団塊の世代が、戦前と同じマスコミのプロパガンダに汚染されていることに気が付かない、これを能天気というのだ。

いい加減自分の頭で事の本質を考えるべきだろう。観念論や理想論では現実の世界の問題は解決できない。今の日本は共産中国の覇権主義の脅威に晒されているのだ。共産中国は尖閣を狙い、沖縄を狙い、ゆくゆくは日本を中国化する100年計画を着実に実行している。北海道は一部がすでに中国化している。世界は共産中国の覇権主義を警戒して、ヨーロッパでもアフリカでも反中国体制を築き始めている。安倍総理が世界を歴訪してそうした動きに同調してきたからこそ、国内の反安倍勢力は中国寄りの動きを活発化しているのだ。

すでに団塊の世代には期待はしていない。絶滅することを願うばかりだ。少しでも常識や良識があるなら朝日や毎日などの新聞はもう読まないことだ。新聞離れした若い世代がしっかりと日本の将来を見据えてくれることを期待している。

平和憲法のお陰・・

北朝鮮の金正日と金正恩親子はディズニーランドが好きだったようで、何度も東京ディズニーランドに来たそうだ。もちろん偽造パスポートや偽造身分証で来ていたのだが、日本の入国管理は杜撰で見逃していたということになっている。しかし金正恩の腹違いの兄で暗殺された金正男は一度入国時に偽造パスポートがバレて捕まっている。この時は田中真紀子が外務大臣でさっさと送還してしまって国民のひんしゅくを買った。

しかし顔も知られていて相当物々しく来日しただろう金正日や金正恩を、いかに偽造パスポートが良くできていたからと云って日本の入国管理官が見逃すだろうか。絶対に判らなかったはずはないと思う。だとしたらなぜ金正日や金正恩は堂々と日本に来てディズニーランドを楽しめたのか。また一方金正男はなぜ捕まったのか。

日本は入国管理や国境警備などを一応やっているように見えるが、一般人の密入国や越境行為は入国管理局や海上保安庁が取り締まっている。対象は犯罪者の取り締まりがほとんどだ。他国で行われる国境警備や入国管理とは根本的に違っている。つまり日本では国防の観点から入国管理をしているわけではない。犯罪者以外の軍事的工作員や政治的重要人物の出入りは管理されていないか、明らかに自由な出入りを黙認している。金正恩が旅客機で空港に来たら誰が見てもそれと判る。まして入国管理官が気が付かないわけはないのだ。

日本には自衛隊というよくわからない組織がある。戦争を仕掛けられたら反撃する軍事的組織だが、近代戦は先に仕掛けた者が勝つに決まっている。自衛隊員は防衛戦争をするために最初に犠牲になって殺されることが任務だ。そうしなければこっちから攻撃できないからだ。しかしスクランブルで発信した戦闘機は、まずミサイルで攻撃されてからでないと反撃できないが、ミサイルで攻撃されたらそれで終わりだ。反撃する暇もなく撃ち落とされてしまう。軍事基地だってそうだ。自衛隊基地がミサイル攻撃をされたら反撃できるが、ミサイル攻撃されたら基地の機能が麻痺して反撃もおぼつかない。先制攻撃ができない軍隊は全く役立たずなのだ。

自衛隊が役に立たない理由はいくつもあるが、攻撃されたら反撃できるといっても、反撃するには国の許可が必要だ。許可が下りるのを待っている間にミサイル攻撃が続けば、許可が下りた時にはすでに基地は破壊されて反撃は不可能になっているだろう。軍事力としては自衛隊は世界でも屈指の軍隊と言えるが、実力行使の点では世界最低の組織だ。なぜなら自分で判断できないからである。軍隊という組織はやってはいけない行為を決められている以外何でもできる組織でなければ、実力を発揮できない。自衛隊はやっても良いことは決められているが、それ以外は国の許可が要ることになっている。それでは戦闘行為など全く不可能なのだ。戦闘は待ったなしだからである。

ほとんど意味のない軍隊しか持っていない日本は、善意ある国や一般人に対してはチェックなどを普通に行って手続きをしているが、悪意ある国や工作員などに対しては黙認するしか方法がない。普通にチェックして不審があったら入国させないなどをしていたら、いつ何時国際問題になって攻撃にさらされるか判ったものじゃない。攻撃されたら反撃などおぼつかないことは現場の職員ならとっくに知っている。自衛隊員も入国管理官も最先端にいる職員たちは判っていて、国際問題になりそうな事案は黙認しているのだ。

「国境なきナンチャラ」といういかにも理想的で美しいことを夢見ている日本人は多いようだが、正に今の日本に国境など存在しない。犯罪が目的で密入国する連中はかろうじて食い止めているかも知れないが、国家的目的で入国する工作員を食い止める手段はない。留学生ならイスラムの過激派も自由に出入りできるだろう。今の日本には留学生という名目で共産中国の工作員が何万人も入国している。そのうち長期滞在を経て帰化でもしてしまえばどんな企業にも役所にも潜り込める。すでにそうした工作員はごまんといるはずだ。共産中国と問題を起こさないように役人もマスコミも細心の注意をしてきたから平和が保てた。そう思っている現場の職員は多いのではないか。

アメリカが日本を攻撃することは想定する必要はないだろう。もし攻撃してくるとしたら北朝鮮、共産中国、ロシアの順だ。そうなると北朝鮮や共産中国を刺激しない方が良いと役人もマスコミも考えるわけだ。だから北朝鮮や共産中国の悪口は一切言いませんと誓ってきた。

軍事的に国民を守れない国は国とは言わない。国境は無いに等しい。海に囲まれているから実感がないだけだ。平和憲法とやらのお陰で無法者は堂々と東京ディズニーランドへやってこれるというわけである。日本は国民を拉致した隣国のならず者を自由に出入りさせて、しかも悪口は一切言わないと誓っているとはなんとも情けない国ではないか。

そうそう、金正男はなぜ入国時に逮捕拘留されてしまったかだが、おそらく北朝鮮からは黙認の必要なしと連絡が来ていたのだろうと思う。なにしろ後には暗殺してしまうくらいだから自由にはさせないと思っていたのだろう。しかも暗殺したのも共産中国が金正男の利用価値を見限って見捨てたからだ。そうでなければ金正男はとっくに殺されていたと思う。悪意ある国家の独裁者は普通の感覚の人間ではない。話し合いも憲法の条文も関係なくやりたいことをやってくる。そこにはルールや善意の入り込む余地など無いのだ。

悪意ある国家が隣国で、しかも悪意を隠そうともしないのだから、いざという時に備えなければ日本は存続が危ういだろう。チベットやウイグルで共産中国がどんなひどいことをしているか知らない者はよく勉強しておくことだ。歴史的に漢族は無慈悲で獣のようだ。共産党の軍隊は国民を守る軍隊ではない。共産党のために働く暴力装置だと知っているか?

日本の一族は皆親籍

この記事は4年前に投稿したものだが、歴史的に不変なことなので再投稿することにした。

日本には氏姓が元は四つしかないとされる。天皇は氏姓を持たず分家や家臣に氏姓を授けて行ったのである。源平藤橘(源氏、平氏、藤原氏、橘氏)のことである。

平安時代までは天皇親政といって天皇を直接補佐する貴族政治だった。日本の貴族は第38代天智天皇の時代に藤原氏を賜った中臣鎌足に始まる。藤原氏は後に天皇家と婚姻による関係を深めて朝廷での勢力を確定していった。藤原一族は摂政や関白になる資格を持つ家柄になり、近衛家、鷹司家、九条家、二条家、一条家が五摂関家と呼ばれた。その他には三条家、西園寺家、徳大寺家、今出川家、冷泉家、大飯御門家などが公家と云われる家系である。

公家には第43代元明天皇に仕えた県犬養三千代という女官が橘姓を賜った橘氏があるが、藤原氏との政争に敗れて下級官僚の地位に没落している。

第50代桓武天皇の皇子葛原親王の子高棟王や高見王が臣籍となり平姓を賜った平氏は、地方に下向して広まり、特に関東に土着し荒れ地を開墾した平氏は武家の始まりである。自警のための武装をしたからだ。天慶の乱を起こした平将門やそれを平定した平貞盛など関東では一大勢力となった。貞盛の後裔が平清盛である。また源頼朝が起こした鎌倉幕府を支えた北条氏、三浦氏、梶原氏、長尾氏は坂東平氏と称された平氏一族である。

第52代嵯峨天皇が皇子に源姓を与えて臣下に降ろしたのが源氏の始まりである。以降第54代仁明天皇、第55代文徳天皇、第56代清和天皇、第62代村上天皇以下、第106代正親町天皇までの皇子孫が源姓を名乗って16系統あるとされる。特に清和天皇の孫経基王に始まる清和源氏は源満政の系統が勢力を持ち、源頼朝、足利尊氏をはじめ武田氏、佐竹氏、土岐市、村上氏、小笠原氏など武家の名門を輩出している。

つまり日本の公家も武家もみんな天皇家と親籍だということだ。

ちなみに秀吉は天下統一を成し遂げたが、農民の出だったので氏を持っていなかった。羽柴秀吉は自分で勝手に名乗っただけだ。将軍には源氏しかなれなかったが、秀吉はさらに上を望んだ。そのために前関白の近衛前久の猶子となって藤原姓を名乗り、さらに新たな氏姓を求めた。朝廷は豊臣を下賜した。豊臣は源平藤橘と並ぶ氏姓となり、豊臣秀吉は関白・太政大臣となった。秀吉は家臣たちに豊臣朝臣を名乗らせたが、大坂の陣で羽柴宗家が滅び豊臣朝臣を名乗る者はいなくなった。

明治5年に氏姓制度は廃止され、明治8年に国民は名字を名乗る事を義務づけられた。それまで氏を持たなかった農民も村長や地主から名字を付けてもらっている。